- 岩と竹の続く道 -
【踏 行 日】2023年7月下旬
【撮影機材】OLYMPUS OM-D E-M1markⅢ, M.ZD8-25F4, M.ZD40-150F2.8
夏。暑い夏。梅雨明けの発表が一昨日あったばかりの東海地方。
晴れているけれど遠方は白く霞んでいる。湿度がだいぶ高そうだ。暑さ指数も高くなるだろう。
――車窓から景色を眺めながら、そんなことを思っていた。暑さ指数なんて最近出てきた言葉だけれど、むかし東海自然歩道本線を歩いて、暑さより湿度が敵、ということを身をもって学んだ。
JR藤枝駅に到着。降りて北口へ向かう。
駅から出ると白々とした駅舎が目に留まる。藤枝は外面に気を遣うという印象。それはともかく、まずは熱中症対策、と自販機で飲み物など購入していると――
筈の木橋行バスがやってきた。2ヶ月前には新幹線遅延で捕まえられなかった便だ。これで雪辱。
AM7:32、バスが発車。乗客は3~4人。市街地区間のバス停は全て通過して郊外に出る。景色に志太平野の広がりが感じられるようになったけど。
――そう広い平野でもない。瀬戸川を何度か渡ると平野部も尽きた。
山間に分け入っていく。
AM9:00、瀬戸谷温泉ゆらく前バス停で¥400を投入し、降車。終点まで行って大久保行バスを捕まえても良かったのだけど、こっちの方が何か面白いものがあるのではないかと思って。
建物が1つあるだけだった。そこに車で到着した人たちが次々と飲み込まれていく。たぶん従業員なのだろう。朝8時には温泉は開いていない、と考えるなら。
――軒下に幾つものツバメの巣。植え込みには真っ青なシジミチョウ。
ずっとスタンバって待っていた「せとやコロッケ」バスに乗り込む。料金は¥200――「後払いでいいです」
AM8:10、バスが発車。乗客は普通に自分だけ。
瀬戸川沿い狭い空間を抜けていく。びく石登山口を過ぎるとぐんぐん高度を上げ、幾つかのヘアピンカーブをクリア。バスの接続が無ければ筈の木橋バス停から歩こうかとも考えていた区間だけど、こりゃ大変そうだ。
逆に言えば東海自然歩道を歩く人達のため、このバス便が維持されていたのかも知れない。そうであれば有難いこと。
AM9:27、蔵田バス停に到着。
――17年ぶりの蔵田。前回は山から下りて来たので麓の集落というイメージだったけど、今回はだいぶ登って到達したのでやや違和感。高度420mの地だ。
そう、明らかに違うのは蔵田バス停に東海自然歩道バイパスコースの案内板と道標が存在すること。バイパスコースが新設されたと言いながら何も標示が無かったので、こっちは少し時間を空けてから歩いた方が良いか、などと思ったのが17年前。なんというか、光陰矢の如し。
←本線コースへ戻る |
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本線コースへ進む→ |
集落の奥へ進む。すぐに本線との合流地点。舟久保方面には車止めだった。土砂崩れがあるとのこと。
左折して高根山方面へ。坂を上がると茶畑斜面が広がった。その脇に鳥居ととも立っているのが鼻崎の大杉だ。風格がさらに増したような気がする。樹齢700年……いつ来ても700年。
そして通行止めの県道32号を舟久保方面へ向かって歩き始める。「宇嶺の滝までは通行できます」という標示があったからだ。それに今回は時間に余裕がある。前回は、やたら急いで滝を良く見ていなかった。
本線歩き。こんな道だっけ? 10分ほどで「宇嶺の滝」の碑。脇の遊歩道に下りていく。手すりのある山道。落水の音が大きくなってきた。そして――滝展望台。宇嶺の滝が窮屈に見えていた。
遊歩道の先は荒れていて通行止め。ゆえに、ここで5分ほど滝を眺めていた。一瞬だけ、厚い雲の裂け目から陽射しが落ちて来た。
AM10:25、蔵田の県道交差点。道標に示された「バイパスコース」の文字を見てコースへ突入。0.3kmで蔵田バス停。
――通過。ここからは初見の道。次のびく石登山口バス停まで3.0km。
今回はバイパスコース歩き3つ目となるのだけど、やっぱり本線コース分岐から歩き始めるのは格別感がある。繋いでいる感じか。
道標が現れた。ここで県道から分かれる。薄暗い林の中に伸びていく側道。カナカナカナ……ヒグラシが鳴いている。いま何月だっけ?
抜けると、展望の開けた茶畑。蔵田と言えば茶畑というイメージ。背後にはもう1つの蔵田のシンボル、高根山が大きく立ちはだかっていた。
――あの頂を通る東海自然歩道を歩いたのが17年前。ガスで何も見えなかったっけ。その山の形を今頃確認するというのもなんか妙な感じ。
茶畑を抜けていくフラットな道。陽射しも出てきて穏やかな日和。気温は大したことないけれど湿度が高い。汗ばんでくる。
道が細くなり、再び林に入った。下り坂。竹林へと変わる……と思ったら林から出て草ぼうぼう道。丈高い草が道をほとんど埋め尽くしている。車道で草漕ぎ……静岡県って道標はきれいでも道の整備はこんな感じなんだよな、と少し懐かしい。
再び林。勾配が増し、道は大きく曲がりながら高度を落として行くように。それにつれて暑さも増してくる――いや、昼に近づいたせいか。
と、またもや茶畑に突き当たった。脇に折れて、小道を上っていく。てっぺんからは下り――茶畑斜面の脇道の下りだ。
前方に展望が大きく開け、目指すべき石谷山の山稜線も見えていた。ただ、明確なピークはなくて、どれがそれだかは分からない。
集落に入った。市之瀬だ。県道32号に飛び出したところに、びく石登山口バス停が立っていた。AM10:57。
さて、ここまでが一区間。ここは蔵田からは高度200mほど下げた地点で、じつは朝、バスで通過したところ。暑さがしんどくなってきたので、とりあえず自販機で飲み物追加購入。
コースの先は――道標は県道の下り方面を示している。そちらへ進むと、すぐに左手に「びく石登山口」。よそ見していると見逃しそうな入口だ。
短い階段を上ると細い車道。進むと――道が消えた。民家の庭先? いや、角に道標が立っていて、直進方向、畑の中の小道が示されていた。
小道を下る。瀬戸川の岸。緑に埋もれるように吊橋が架かっていた。下りはここで終わり、後は登り一方か……。
吊橋を渡り、左岸の山道。涼しさを期待したけど、気温が高過ぎてダメ。暑い。
山道もすぐ尽き、車道に上がってしまう。
登山口駐車場だろうか、車が何台か留まっている。もはや、あまり日なたに出たくない気分。
エイ、と突撃。駐車場の淵を回り込むと左手に細い山道入口があった。「サルに注意」の看板が気になる。
山道に入る。ありがたいことに沢沿いの登山道だけれど、全然涼しくなかった。
……そりゃこの時季に低山ハイクするなら早朝から登り始めるべき。11時を回ってから登り始めるなんて。
……そういえば今日はバスを降りてから1時間ほど寄り道していたっけ。自業自得だった。
桟橋で沢を渡ると沢からからも離れてしまう。現れたのが分岐点の道標。びく石山頂まで直進で1.5km 45分、左折はビオトープガーデン経由で2.9km 65分――
倍ほど違うなら直進を選ぶだろう、と思いきや東海自然歩道は遠回りを選ぶ。左折だ。
竹林の急勾配となった。1.2km先のビオトープガーデンまで一気に行けるかと思ったけど、無理。そもそも、こんな急斜面に竹って生えるものだっけ? などと思いながら足を運ぶ。汗が噴き出すものの排熱が間に合わない。幹が太い竹が密集し、風が入り込むのを完全にシャットアウトしている。
数分進むごとに座り込んで盛大に息をつく。扇子持って来るのを忘れたことを後悔。
竹林の急登。しかも、登っても登っても竹。石谷山は竹山か?と思い始めた頃、ようやく竹が尽きた。見慣れた林の登山道になる。木漏れ日が気持ちいい……けれどやっぱり暑い。両ひざに手をついてゼイゼイ。
周囲は再び竹林光景。この登山道の特徴か、と思いつつ登っていく。
と、勾配が緩んだ。ようやく稜線に辿り着いたようだ。目の前、車道が左右に渡っていた。
AM11:32、藤枝市・市民の森。道標に「ここはビオトープガーデンです」
そのビオトープは……あそこか。薄暗い空間で、覗き込むと泥の上に浅く水が溜まっていた。……ここはオタマジャクシの王国か。
説明板を見ると、市民の森はこの付近から石谷山山頂まで囲われていた。この地点で高度は420m、って出発地点の蔵田と同じ高さじゃないか。ここまで下りた分を登り返しただけ。
それに、ここは支尾根の1つであって、主稜線でも無かったようだ。先は結構長い、というわけで出発。車道を伝って東へ。
緩やかな上り坂。公衆トイレとコース案内板が現れる。通過。
正面に市民の森駐車場が現れた。ここでようやく主稜線と合流だ。だいぶ遠回りしたけど高さは稼いだ。あとは車道を伝って山頂直下までいける。本当は山道が良いのだけど。
右折すると、すぐに進行方向は南南東へと変わった。以降、緩やかな上り坂が続く。
……どこまでも続く。稜線の西側に付いた道で見晴らしは無し。両脇にはぎっしりと樹木が立ち並んでいて、季節柄か野花も見られない。
さらに進む。時折、陽射しが落ちるようになってきた。桜並木もあったりして、春にはまた違った雰囲気になるのかも知れない、などと思う。
車道がほとんどフラットとなった。もちろん、登山口からここまで誰一人と合わない。この山は夏は登山不適。
と、車道の右側に4方向道標が立っているのを見留める。近づくと「びく石登山口バス停 2.4km 50分」とある。先ほどの分岐で分かれた直登コースか。逆方向が「びく石山頂 0.2km 10分」。車道から分かれ、そちらの細い登山道を登っていく。
――階段状で急。再び汗が噴き出してくる。
巨大な岩が現れた。足元に辿り着くと見上げるよう。これって……
「びく石」の解説板が立っていた。石谷山がびく石とも呼ばれる所以が書いてある。それと、ダイダラボッチ伝説……ここにもか。
その大岩を回り込んだ上が山頂部だった。大小の岩がゴロゴロしている。奥の最も高いところが石谷山(526m)の山頂。PM0:00。
意外なことに、ハイカーの姿が三々五々見られた。夏の低山なのにご苦労なことだ。自分もだけど。
一方、木立に囲まれていて見晴らしは高根山方面に少しだけ。富士見岩というのがあったので下りてみたけど、今日の天候では富士山までは見えない。水蒸気の多い夏。
南に少し下ると広場があった。南東に展望が開け、ご丁寧にそちらにベンチが並んでいる。お弁当を広げてくれと言わんばかりだ。
見晴らすと――山、山、山。志太平野と静岡平野を隔てる山塊群だ。正面の山あいに霞んで見えているのは静岡平野で視界右端には志太平野。駿河湾が北に深く食い込んでいる様が確認できる。
眼下に目を転じると、緑に埋もれた水田地帯。玉露の里はあのあたりだろうか。昼の陽射しが降り注いでいて暑そうだなあ……。
だから、ではないけれどコースの逆側、南稜線の道に入る。時間に余裕があるので、富士山がきれいに見える展望箇所が無いものか少し興味があったので。
ところが樹木の壁は一向に途切れない。しかも尾根は痩せて来て、スリップしそうなザレ斜面にぶつかり、ここまで、と引き返した。途中にあった「上大沢(仙沢 初心者)」の分岐も気になったけど時間切れ。
石谷山山頂に戻ったのがPM0:47。コースに従い、下山路に入る。玉露の里までは3.7km 85分だ。少し急がなきゃ。
最初は普通の山道。軽快に下って行く。こちら側にも時折、竹林。笹川集落跡通過。
樹林帯から脱して、沢の源頭部らしきところに出た。傍の岩に「腰叩き石 ここで疲れて来るので腰を叩きたくなる」という立て札。……これが石谷八十八石?
見ると、谷筋に沿って大石がゴロゴロしている。ダイダラボッチが琵琶湖から持ってきてバラ撒いた大石だ。道筋は不明瞭だけれど、おそらくこの谷を下って行くことで間違い無いだろう。
下って行く。……歩き辛い。「まわり石」「こうもり石」などの他に「三春滝桜」(!)などの立て札も。
よくぞこれだけ名前が付けられるなあ、と感心しながら下っていく。もっとも岩は苔や草で隠され気味のものも多く、時の流れを感じさせる。
――石老山を思い出す。東海自然歩道の神奈川コースだけれど、あちらも巨石の道だった。
沢の水音がハッキリしてきた。だいぶ下った筈だけど、石88個は流石に多い。下って、下って、ようやく勾配が緩やかになってきた。
草原が現れた。……と、カラスアゲハが翅を煌めかせて飛び去っていった。その先に車道。山道区間はここまでか。
路面に日が良く当たっている。暑さとの戦いはここからが本番、と思いながら車道を歩いていく。近年、山里であってもその言葉のイメージほど涼やかでは無くなった気がする。
やがて前方に現れたのは笹川集落。疎らな民家の合間を抜けて下って行く。
笹川八十八石ハイキングコース駐車場に到着。大きなハイクコース案内図があって、メガネ石は眼鏡の絵、くじら石はクジラの絵など誇張表現。想像石など人が「?」している絵とかシュール……。
ここは車道が分岐していて、寄り道して十四地蔵尊など見ておこうかとも思ったけど、上り坂だったので止め。
集落を後に林道を進む。
――正確には市道だと思うのだけど、道脇には竹林がやたらと目立つ。竹林道、と言っても良いかも。揺れて葉擦れの音が聞こえてくれば風情もあるけど、今は微動だにしない。夏の日差しを吸収し続けている。
そんなわけで、川沿いの道だけど暑さは軽減せず。
庚申塔を通過。あたりにはヤマユリ花が目立つ。野花では最大クラスで気品もある。この時季ならではの光景。
とりあえず、新幹線駅のホームで買ったバカ高いサンドイッチを頬張りながら下って行く。山上で大展望を肴に食べるべき、と思ってはいるけれど、それだと歩く距離が減る。歩きながら食すのが自然歩道歩きの醍醐味だとかなんとか変な理由を付けて。
それに、この先でコースは里区間となり、あまり食べ歩きもしていられない。
……と、空間が開け、山あいの低地に出た。朝比奈川流域に出たようだ。あたりは長閑な田園風景。茶畑も相変わらず目に入る。
前方に橋が見えて来た。朝比奈川を超える榎橋だ。対岸を走る県道209号にはバスも走っている。
――ここは藤枝市岡部町の新舟。新舟と書いて「にゅうふね」と読むらしい。新しいからニュー、かどうかは知らない。
榎橋手前で右折。朝比奈川の右岸道に入る。
この朝比奈川は東海道新幹線のE席車窓から「あさひながわ」と国道橋に書かれているのを何度も目にしているので、なんとなく愛着のある川。鎌倉にも朝比奈があるし、人名もある。ちょっと由来が気になる名前だ。
そんな朝比奈川を今日は終点まで一緒に辿ることになる。
その朝比奈川を見下ろしながら歩いていく。この辺りは未だ上流部か。渓流部は無いかのように、流れは穏やか。
その川と道との間、緑に埋もれるように小さな社が立っていた。回り込むと「新舟西宮恵比寿神社」とあった。本当に小さな小屋だ。越水で何度も流されているような気がする……。
さらに進むと田園光景となった。7月下旬のこの時期、青々とした稲は育ち盛り。茶畑ばかり目にしてきたので、水の敷かれた水田の景色も良いもの、と改めて思う。そして朝比奈川河岸には桜の木が並んでいた。
そして、少し上って少し下ったところに――つばき園の入り口。そこにはバイパスコースの案内図もあって、ここが既に玉露の里であることを教えてくれた。時刻はPM2:07。
高台となっている椿園の遊歩道に上ってみる。
――もちろん、今はツバキの咲く季節とは真逆。花など1つも咲いていない。見えるのは手前の茶畑と、朝比奈川流域、そして玉露の里の建物群。
あそこが「びく石コース」終点であり、次の「玉露の里コース」の始点。今日の歩きはもう暫し続く。
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