- そして都民御用達の山へ -
【踏 行 日】2008年4月中旬
【撮影機材】OLYMPUS E-410, ZD14-54F2.8-3.5, ZD50-200F2.8-3.5, CASIO EX-P505
ムーンライトながらに揺られる東方への旅。座席に乗客はほとんど無く、寂しさが一層募る。青春18切符期間外だと、この列車もこんなもの。
――眠れなかった。ウトウトがやっと。硬い座席のせい、だけでもない。列車は横浜駅のホームへと滑り込んでいく。
降車。大都会の横浜、と言えどAM4:40、ホームに人の姿は疎ら。水色の京浜東北線で隣の東神奈川駅へ。
さらに横浜線に乗り換え。列車は郊外へ向かってひた走り、43分ほどで橋本駅に到着。降車。
――もう明るくなっていた。4月になって、日の出が早くなってきたことを実感する。ここで駅前の牛丼屋・松屋へ向かう。徹夜でも朝を抜くわけにはいかないのだ。カロリー補充は大事。
駅前ロータリーのバス停に戻る。三ヶ木行きに乗車。AM6:20発の始発便。
バスは国道413号をひた走り、30分ほどで終点・三ヶ木バス停に到着。AM6:55発の月夜野行きに乗り換え。休日に2便しか無いのは相変わらず。
バスは国道413号を粛々と辿り、25分ほどで西野々バス停に到着。降車。桜の季節、空は曇天。東海自然歩道の最終区間。……いったい、どれほどの意義があると言うのだろう?
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AM7:21、西野々バス停の前。いちおう自販機の取出し口に手を突っ込んでみる――空振り。当然だ。
西へ向かって歩き始める。このあたり、国道413号は二重化されていて、こちらは旧道。車の往来は皆無。その路上をトコトコと歩いていく。今までと何も変わらない。いつもと同じ一日が始まっただけだ。
右折の道標を捉える。……この道標も朽ちている。これほど東京に近づいていているのに。
いや、逆かも知れない。都会に近づくほど、自然歩道というものは力を失っていくものなのかも知れない。終着地まで届けば、その疑問も解消するだろうか。今日向かうのは大都会・東京、コンクリートのジャングル。
右折する。桜を目にすると、天候が悪くても辺りの空気が柔らかくなる。
国道413号のバイパスに突き当たった。横断する。こちらも交通量が少ない。休日とは言え、今日は雨の予報。都民の、道志や富士五湖へ行楽に行く計画の多くはキャンセルされたのだろうか。
道脇には春のしるしが多い。東海自然歩道を前回歩いたのは3週間前、3月とは言え、高度1,000m地帯、まったき冬景色であった。今日は間違いなく春景色――春爛漫の花景色。今にも泣き出しそうな、雨模様の空の下。
民家も見られなくなると、林の合間の道を下っていくようになる。その先に現われたのが道志川を渡る橋。手前は、満開のサクラにガードされている。
――渡る。見下ろすと、道志川の流れが前後へスクッと伸びている。このずっと上流にあるのは山中湖。東海自然歩道の大平山コースで、もっとずっと細い道志川を渡っていた筈。
ただし、その記憶は無い。日常に埋没していると、忘却は速やかに訪れる。
橋を越えると、今度は上り坂。道の山側はツバキの花で真っ赤に染まっていた。これほど多くの落ちツバキを目にしたのは初めて。
右手には石砂山の山体。民家も再び出現した――伏馬田の集落だ。道は大きく右にカーブを切る。と、そこに立っていたのは東海自然歩道の道標。鋭角に曲がっていく道を指している。
無視して直進、ヘアピンの坂を上る。
丹沢コースの最後、焼山の展望台から眺めおろした伏馬田の集落――その地を少し歩いてみたくなったのだ。そんな感傷に浸りたい時もたまにはあるさ。
坂道を上がり切ると山斜面に拓けた伏馬田の集落が広がった。ご老齢のおじさんが道脇の落ち葉を掃除中――そこまで見て引き返す。別段、日本のどこにでもあるような集落。最初から結論は決まっている。
道標の位置から、今度こそ坂道を上がる。脇のコース案内で道筋の確認。
その先に、また道標。コースは今度は鋭角に左折、細道の坂道を上がっていく。その場所には立て札も一緒にあって、ギフチョウを勝手に採るな、なんて書いてある。今回は、まだ一度も見たことの無いギフチョウを見るチャンスかも知れない。いや……この天候だと無理だろうか、やっぱり。
細道を上がっていく途中で振り返ると焼山の稜線が見えた。――懐かしき丹沢の稜線。何百万年前かに海からやってきて日本列島に衝突した、外来の山地。今は、赤茶と緑で山肌でまだら。
その展望も消える。道は森の中の山道へと変わる。石砂山登山道――こっちは丹沢に衝突された側。もっとも、丹沢の登山道と比べて何が変わるわけでも無い。
ひとしきり登ると稜線道となり、アップダウンを繰り返すようになった。時折、展望も開ける。今日の天候では、あまり見えるものも無いけれど。
一方、下生えには若芽や若葉が目立つ。季節の輪廻に従って、今年もまた生命の息吹を現出せしめる。つくづく、凄いことだと思う。
ただ、チョウが舞う光景は見られない。支線との分岐を通過。
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支線コースへ進む→ |
両脇の木々が消えた。前方に鉄塔が見えている。そう、鉄塔場は管理上の都合もあって開けていることが多い。
展望は――北側に得られたけれど、奥多摩の山々までは見えない。雨雲はけっこう低く立ちこめている模様。
再び樹林帯に突入。ヒノキ林だ。路傍にはブラシのようなヒトリシズカの白い花。そういえば、昔、春に高尾山に登った時もこの花を見たのを思い出す。
登山道はようやく登り勾配となった。気温は高くないものの湿度は限りなく高い。
――でも、頑張って登る。東海自然歩道を歩いていて、頑張って歩かなくて済んだことなど滅多にない。東海自然歩道は頑張って歩くべき道。いわんや、最終区間をや。
この石砂山登山道、人工林が続くかと思ったら、思いのほか自然林も多い。サクラは咲いたと言っても、山が新緑で萌え上がるのはもう少し先。今は葉の落ちた木々が白いガスの中でたゆたうのみ。
そう、ガスが濃くなってきた。雲は境界面を高度500mあたりに持っている感じだ。その白い景色の中、丸木階段を踏み上げていく。
AM8:51、石砂山の山頂に到着。道標やベンチ、コース案内板が並び、人工物の密度がやや高い。そして、ギフチョウ採取防止の呼びかけと、さらには放蝶等の禁止の貼り紙も。
西方には立ち木にぽっかりと穴が開いている。さも、丹沢や富士を眺めてくれと言わんばかりに。
眺める――白景色の中、凛々しく屹立する富士山の姿を想像する。今日、出来るのはその程度。
下山にかかる。今日は5つの低山を縦走することになるけれど、そのうち1つをクリアしたに過ぎない。まだまだ先は長い。長いのだけれど――長くない。
新緑地帯を潜り抜け、植樹帯となる。足早に進み、距離を稼いで獲得高度を吐き出す。結局、この山では誰一人、会わなかった。
登山口に飛び出す。
「ギフチョウは見られました?」庭越しに声が降ってきた。民家のおばちゃん?
「いえ……」
「そうですか、残念でしたねえ」
天気が良かったら見れたと思うのにねえ、と続ける。こちらとしては苦笑するしか無い。なにしろ、わざと天候の悪い日を選んでやってきているのだから。
これから石老山へ向かうことを話して、北へ向かって車道を歩き出す。
県道518号に出た。道標があって、左折。――今日は東に向かって歩くことはほとんど無い。だいたいが北。神奈川県を出るまで続く。
篠原バス停を通過。間宮商店の前に自販機(ビンビールも!)があるけれど、飲料補充は今のところ不要。そのまま通り過ぎる。――このまま次の山に進んでもメリハリが無いなあ、と感じたので、地図を見て近くの福寿院に立ち寄り。
コースに復帰し、さらに県道を手繰る。と、左手にコース案内板が立っているのが見えた。その先には、民家の垣根に食い込むような指導標。ここを右折らしい。
示された路地を抜けると、小川沿いを上がっていく道となった。様々な種類の桜が植えられている。左右からは山肌が迫って、雰囲気が一気に山里めいてくる。
ただし、これから登る山の上部は白いガスで隠されている。
普段は好天気の日を狙って山に登るようにしているので、このような日に登るのは気が進まない。特に今日は完全な雨の予報。雨中の登山はしんどい。
道標を捉えて、いよいよ石老山登山道に入る。
――色気の無い山道。ただ、足元をよく見ればスミレやヒトリシズカなど、様々な花が見つかる。時折、薄いピンクの花びらが登山道に散乱していて、雑木林に桜の木が混じっていることを知らせてくれる。季節は確実に春――天候が良かろうが悪かろうが、その事実は変わらない。
篠原と石老山の高度差は400m。山道は尾根の直登コース、単調な傾斜で登っていく。周囲に展望が無いので、どこまで進んでいるのか良く分からない。
と、突然、幾つものベンチが現われた。金比羅神社だ。
――尾根上の狭い空間にみっちりと並んだベンチ。この場所が人で埋まるようなことが、果たしてあるのだろうか? ちょっと想像できない。なにしろ、ここまでハイカーは一人も見掛けていないのだから。
さらに進む。周囲は植樹帯となっていて、似たような景色が続く。と、いきなり広い道に合流した。支線分岐だ。東海自然歩道はここから2つに分かれ、共に相模湖を目指す。本線は右。
ベンチがあり、コース案内板が立つ広場。ここが山頂? いや、ガスの向こう、奥にもっと高いところありそうだ。そちらへ。すぐに小高くなった別の広場。
AM10:48、石老山に到着。ここで、ようやくハイカーの姿も目にする。東京にほど近いこの山で、悪天候とは言えハイクシーズンにハイカーがいないなんてことはあり得ない。
ヒノキに囲われた山頂。西方に一部眺望があるけれど、そちらは真っ白。
山頂に10分ほど滞留した後、下山開始。使うのは石老山の北へ伸びる尾根だ。勾配も緩やかなのでスピードを上げて駆け下っていく。
――岐阜や静岡の名もなき山域を辿っているのと比べると、明らかに安心感が違う。道がヤブに埋もれていたらどうしようとか、分岐点の道標が消失していて間違った道に入り込んだらどうしようとか、そういう心配が要らない。
考えてもみれば、東海自然歩道歩きは道消失の不安との闘いが常であった。道を1本間違えると、その日のうちに人里に戻れないような状況さえ起こり得た。――今は、そのような不安は全く無い。そういう意味では、自分の東海自然歩道歩きは既に終わっている。
融合平展望台に出た。木立の合間からやや霞んだ相模湖が見えている。遊覧船や足漕ぎボートなどが見える――ただし、湖上ではなくて湖岸に。
下山を再開。進行方向は東へと変わった。こちらの道、ハイカーのパーティーとも良くすれ違う。石老山登山のメインロードは、きっと相模湖を起点としたこちらの周回コースなのだろう。
と、見晴らしの良い場所に出た。大岩の上だ。サクラの木の下、解説板があって「八方岩」とある。奇岩で有名な顕鏡寺の領域に入ったのだ。
それを合図に山道は急下降となる。
途中途中、岩と、その岩の名前を解説した案内板がセットで現れる。「試岩」「擁護岩」「吉野岩」「鏡岩・小天狗岩」等々。
それでも、奇岩と言うほどのものかと言うと、怪しい。様々な伝承で意味づけされた大小の岩たち。黙して、自ら語り出すことは決して無い。
鳥居が見えた。潜り抜けると顕鏡寺の境内。AM11:33。
何と言っても目立つのは高さ42mにも及ぶ大イチョウ。県内で最大樹高のイチョウだそうだ。確かに、スギのように空に向かって一直線に伸びている。ただ今の時期、葉は全て落ちている。黄葉時期にも見てみたいものだ、と思う。
そして、道志岩窟も奇異な眺め。まるで小屋の屋根を岩で葺いたような格好をしている。もちろん、小屋を造ってから屋根として岩を載せたのでは無いだろうけど。
寺の前には駐車場。結構な数の車が停まっている。ハイカーも利用しているのだろうか? ここには公衆トイレも建っている。
と言うことで、この先は車道歩きかと思ったら、道標の「ねん坂・石老山バス停」方面を示すのは山道。
薄暗い登山道に再び突入。
名前の付いた岩の道も再開する。「力試岩・文殊岩」「駒立岩」「仁王岩」――ほとんど道の障害物であるものばかり。「屏風岩」「滝不動」そして――山道が終わって車が通れるくらいの幅の道に変わった。奇岩の道も終わり、ここは「広小路」と言うらしい。「登山者・参拝者の休憩場所」との解説板が立っている。「石老山」の石碑も。
短い階段を下りると舗装道に出た。「男坂」の標示――車道の坂道を上るのは「女坂」らしい。
左に曲がり、車道を下りていく。これで、本日の5つの山のうち2つまでクリアした。あと3つ――ただ、時刻も正午を過ぎてしまった。少し急がないといけないかも知れない。
三方向道標で石老山バス停の道を分ける。再び山際へ向かう道。やや高台にあって、見晴らしの良い集落地帯を抜けていく。畑が多くて開放的だ。桜の木も目立つ。途中からはダートの道へ。
ぐねぐねと曲がる林道。東海自然歩道のコースは、時折、それをショートカットしながら進んでいく。平地でも、このような自然の遊歩道があるのはありがたい。平地では車道を歩かされてばかりの「自然歩道」であるがゆえ。
20分ほど、そのような道を歩かされた。道が様々に曲がり、分岐したので、もう方向が分からなくなっている。
――と、舗装道を渡ったところの鉄塔場で、見晴らしが開けた。前方の小山の上、観覧車が立っている。鼠坂だ。
舗装道に下り立つ。コース案内板が立っているけれど、これは環境庁バージョンの少し古いタイプ。ただ、神奈川支線は明記されている。
道なりに進むと県道517号に突き当たった。カーブミラーに指導標がぶら下がっている。「城山・嵐山」は右。
――ここで道に迷った。国道へショートカットする道が見付からない。県道を東に辿って、やがて国道に合流した。道標が無いので、こちらは間違い。
キョロキョロと見回す。正面には、さがみ湖ピクニックランドの正面ゲートが見えている。「ピクニックランド前」バス停も。もっとも、行楽客はあまり入っていないようだ。山肌にサクラが咲いていたのを目にしていたので勿体無く感じる。
コースの先は――西の方だろう。そちらに向かって国道412号を歩き出す。坂の上、水色の歩道橋が見えてきた。ここに道標。東海自然歩道はこの歩道橋を渡って嵐山へ向かうのだ。
歩道橋の手前に細い路地があって、コースはそちらを潜り抜けてくることが示されている。
その路地を進むと、すぐに県道517号に出た。――これが探していたショートカットだ。角には道標もあったものの、地味過ぎて見逃してしまっていた。
なにはともあれ、コース復帰。鼠坂歩道橋を渡って国道412号を横断。PM0:47。
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