- 県境の丘を上へ下へ -
【踏 行 日】2007年4月上旬
【撮影機材】OLYMPUS E-1, ZD14-54F2.8-3.5, ZD50-200F2.8-3.5, CASIO EX-P505
花曇の空を恨めしく思いながら上空を見上げると、ポツ、ポツと雨が降ってきた。
朝のうちはまだ晴れていた。でも、ついに昼までは持たなかった。天候の優れない、日本の4月という季節。
花曇――。
そう言うだけあって、今、桜の並木の下にいる。空から視線を戻すと、満開の桜がずっと続いている。霞と消えるまで。
このような光景を見られるのは、最大でも自分の寿命の回数分しかない。天気予報がよろしくないから、と家に籠もってテレビで桜を見るよりは、そう、やっぱり外へ出ようと……そう感じる。
とは言え、今日のスケジュールはカツカツだ。
本来の計画では、今日の午前中は桜を眺めながら五条川の尾北自然歩道を歩き、昼頃、入鹿池に達し東海自然歩道に合流するはずだった。
――この尾北自然歩道というのは「東海自然歩道の支線として整備された」という案内もあり、桜の時期にぜひ歩きたいと思っていたのだ。
ところが前回の犬山コースで、ライン大橋通行止めを食らって迂回路回りという事態が勃発。そのため、今日の朝の予定が急遽、「ライン大橋歩き」に変更。かくして、名鉄石仏駅から布袋駅。五条川川岸の、たった2kmほどの距離を歩いただけで再び駅のホームに駆け込むこととなった。
……だけど、急造計画には綻びも多い。
なんとか予定の時刻に間に合ったぞ、と思ったら、しっかりと待つホームを間違えていた。発車していく急行列車を、隣のホームに突っ立って見送る。これで、バス1本乗り遅れが確定。
後発の普通列車を待ち、乗り込む。じつは犬山遊園駅から犬山駅まではたった一駅……あっという間に到着してしまう。はっきり言って列車を待っている時間の方が長かった。
犬山駅東口から出る。駅前のバスターミナル、明治村行きバス停はすぐ手前にある。そのバス停でしばらくバスを待つ。
バスが到着。乗り込む。バスの座席で、発車の時間が来るまで暫く待つ。
――待ってばかり。嗚呼、今日の歩行プラン、ズタズタ。
遅くとも午前中に着いていたいと思っていた地点、明治村バス停に到着したのは午後1時。しかも、コース入口はまだ随分と先にある。いくら半日強のコースとは言え、かなり出遅れた形だ。
――でもまあ、頑張って歩こう。
降車客たちがゆっくりと明治村入口へ向かう中、1人、場違いな気合を漲らせて逆方向へ歩いていく。
すぐに入鹿池に当たる。さすがに4月上旬、サクラ並木が池畔を飾っている。ただ、その色は白い空と混じって正体が無い。
空間に開放感こそあるものの、空は重っ苦しい。雨はここでは落ちて来ないけど、覚悟はしておいた方が良い。天気予報でも、午後は良ろしくなかった。
――朝のうちはホント、良く晴れていたんだけどなあ。
池畔の遊歩道を、前回歩いた道筋を逆になぞるように歩いていく。
時折、小走り。最初から疲れてしまってもダメなので、息が弾んで来たら歩きに戻す、ということを何度か繰り返す。
郷中新橋を渡って池の東岸となる。県道から離れ、集落を貫く道を抜けると鉄橋が見えてきた。見覚えのある、くすんだ赤い橋梁。
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PM1:30、入鹿大橋。
五条川が入鹿池に注ぎ込んでいる。五条川は入鹿池の先にも続いていて、桜の名所である中流部を経て新川と合流、伊勢湾に注ぎ込む。
その五条川を右に見下ろしながら、細くなった車道を歩いていく。車の往来は全く無い。今日二度目の東海自然歩道歩きは、静かな入り。
奥入鹿橋を渡って、川の左岸へ。ここには川の中に堰のようなものがあって、川幅が一気に縮まった。そろそろ沢と言ってもよいかも知れない。
第1号橋で右岸へ戻る。さらに第2号橋で支流を跨ぐ。こんな、ただの橋でも愛知県は標示板を付けている。マメだ。
しばらく道なり。特に見るべきものは無い。
駐車場が見えてきた。「モミノ木駐車場¥500」とある。その先、八曽キャンプ場案内所。アイスクリームなども売っているようだ。飲み物の自販機もある。
車の入りはポツ、ポツという感じ。まだオフシーズンだからだろうか。
そこには八曽国有林の解説板が立っていた。
そして、道の先には車止めゲート。通り抜ける。
ダート林道。見えるものにあまり変化が無い。スミレ、ツツジ、ショウジョウバカマなど、チラホラ見られるくらい。季節は春なんだけれど、山にはまだ花の時期は到達していない。
従ってあまり道端に引っ掛かること無く、ずんずんと歩いていく。
突然、ブワッと辺りが明るくなった。たちまち、周囲の木々に生気が宿る。なんと、ここにきて日が照ってきたのだ。
と……
思ったら直ぐに翳った。残念。
八曽キャンプ場に到着。バンガローが多く並んでいる。「キャンプ場内は入場料¥200」とある。
突き当たったところに木造の「東海自然歩道便所」と橋。何の変哲もない丸山橋だ。時刻はPM2:14。
コース案内板も立っている。奥入鹿橋まで3.9km 1時間20分とあるけど、それを40分で歩いた。平地ではこのペースを維持したいところだ。なにせ、今日はかなりの“巻き進行”なのだから。
丸山橋の先、林道から山道が右に分かれていく。もちろん、東海自然歩道は山道の方だ。道標に「自転車・バイクの乗り入れはご遠慮ください」の貼り紙。
今日の朝からの付き合いだった五条川に別れを告げ、山道を歩き出す……さもありなん、道は路面状態もよく、適度な幅もあっていかにもオフロード・バイクやMTBで気持ちよく走れそうだ。愛知県の歩道整備の賜物と言えるかも知れない。
でも歩道は“歩く道”なのだから、MTBで走り抜けられてしまうのもなあ、と思う。
そんなことを思っていると、前方から自転車が来た。道脇に避けると「すみません、こんにちわ」という挨拶を受ける。
挨拶を返しつつ……まあ、東海自然歩道が誰にも通られなくなるよりは良いかな、と考え直す。
林の中に、また一瞬だけ日が差し込む。
道脇に再びコース案内図。「標高200米前後の丘陵地が数千ヘクタールにわたって展開するこの付近一帯は愛岐丘陵と呼ばれ…」
たしかに、この丘陵地帯は長い。同じ景色が続き、展望にも恵まれないものだから、自分が地図上でどのあたりを歩いているか見当が付かない。
池野分岐の道標を見送ると、すぐに犬山・小牧市境の標示板が立つ地点。
それにしても、道標で示される次のポイントが「内津神社」だったり「内津峠」だったり、はたまた「国道19号線」だったりと統一が取れていない。このグダグダ感は犬山・小牧・春日井と3つの市が混じる地帯のせいか?
次の休憩所ではやや展望があった。伸び上がるようにして眺めると……大型バスなどの通う中央高速、その向こうに霞むのは春日井の街。
さらに歩いていくと、左側にフェンスが現われるようになった。壁の向こうはリサイクルセンターらしい。
そして、前方にいきなり工場プラントが現われた。ついで、果てしなく広がるだだっぴろい草原――ここまで同じような林間風景だったのが一変。
――正面の小山が弥勒山だろうか?
開放感のある道を進む。砂利道からアスファルト道へ。
そして、道標に導かれて再び樹林の濃い山道に分け入る。
道は下り基調。下っていくにつれ、車の往来の音が大きくなってきた。突き当たったのは中央高速道。日本の背骨となる道路だけに、さすがに車両の往来が激しい。
そこを、東海自然歩道ウォーカーを渡らせるための北山橋が架かっている。
北山橋を渡る。足元には川の流れのごとく、車の流れ。錆びた手摺が、ちょっと怖い。渡り切ると木立の中の山道に復帰、再び静寂が戻ってくる。
その先、すぐにベンチのある休憩所。木造の公衆トイレもある。
そして、ここが妙見寺・内津神社への分かれ道らしい。そちらには片道0.5km・15分とあるけれど……寄っている時間はない。本線をそのまま進む。コケの付いた長い下り坂を下り切ると、国道19号の脇道に当たった。
その国道19号は、いわゆる中山道だ。トンネルに入っていく国道の上を歩く形で、交通量の多い国道を跨ぐ。そこには内津峠の解説板も立っているけれど、峠から中山道を眺め下ろすわけでもなし、何か間抜けな感じ。時刻はPM3:49。
次、正面に立ち塞がったのがゴミ最終処分場の巨大な壁。脇に螺旋階段が付いている。道標が指し示す先もそちら。
階段を上った先は先程の車道。結局、どちらを歩いても一緒。
――遂に、空が持ち堪えられなくなったらしい。雨が降ってきた。
雨足は結構強い。たちまちアスファルトが黒く濡れていく。雪の加太以来か、などと思いながら傘を取り出して差す。
坂を上り切ると峠状の場所に出た。右手の山側に階段の入り口。「春日井コース 定光寺(道樹山)方面入口」という標示もある。ここが縦走路の入口だろう。
再び山道となる。先ほどの愛岐丘陵と違って、明らかに上り勾配だ。じつは、この縦走路にはちょっと期待していた。幸いなことに道幅は広く、傘を差しながら歩いても枝に突っかかるようなことはない。
とは言え、頭上に傘があると視界は狭くなる。濡れた丸木階段も滑りやすく、辛い。うーん、条件がよろしくない……。
淡々と歩いていく。最後の勾配を上り切って、弥勒山の山頂に到着したのはPM4:25。
山頂の端には屋根付きあずま屋が建っている。雨避けのために入ると、そこには展望図が備え付けられていた。それによると、ここから濃尾平野が一望出来るようだ。
――ただ、肝心のその展望はガスの中。少しの間、その白い世界を眺めていたけれど何も浮かんでこない。踵を反し、傘を広げながらあずま屋から出る。
縦走路のさらに先へ。
幾つかピークを越えながら進んでいくと、もう一箇所、展望地があった。晴れていたらどのくらいの展望があるだろう? もしかしたら、この低山縦走路は結構な展望コースかも知れない、などと思う。
ただ、もう一度歩いてみない限り真実は分からない。でも――もう一度歩くということが、果たしてあるのだろうか?
雨足は相変わらずで、今日はこのまま雨の天候で終りそうだ。定光寺駅はJR中央線なので夜遅くまで列車があるとは言え、日が暮れた後の濡れた山道を歩きたいとは思わない。スリップ1つで大怪我に繋がってしまうし、なにより、真っ暗で何も見えない中を歩いたってつまらない。
暗くなりきる前に山を下ろうと、前掛かりに歩いていく。
PM4:53、道樹山。
標高は先ほどの弥勒山から僅かに低いだけで、ほぼ一緒。ただ、弥勒山違って薄暗い山頂だ。周囲の木立のせいだけど……日没が近付いてきたせいもあるだろう。
山頂の脇、道往く人を見守るかのように静かに秋葉神社が佇んでいる。
賽銭箱に100円玉を放り込む――無事、山を下りられますように。
道は完全な下りとなった。
本当に急なところでは鉄製の階段すらある。さすがにここは急げない。そろそろと下る。
そして、車道に突き当たった。桧峠だ。指導標に示される進路は西――車道歩きの指示。
車道を大股に歩いていく。アスファルトなら、濡れていたところでスリップの危険は無い。
ほどなく左側に指導標を捉え、再び山道に入り込む。
縦走路は、未だ終らない。
予想外に登りが続く。
――桧峠までで登りはあらかたおしまい、と思い込んでいただけに、既に登りの脚は使い切ってしまっている。それを無理に登っていくものだから、シャリばて間近の状態であることを己の足が告げ始めた。ちょっとヤバい。
一方、日没の時間は容赦なく近付いてくる。毎度のことだけど、いったい何と競争しているんだか……。
無名ピークを過ぎると、今度は一方的な下り。そして、また車道に出た。道標には外之原峠とある。時刻はPM5:41。
今度は、車道の向こうに山道――というか幅広いダート道が続いていた。
この先にはさすがにもう顕著なピークは無いよな、と地図で良く確認してそちらに入っていく。……日没前にこの区間を歩き抜ける、というチャレンジの達成は微妙になってきた。
ここまでハイペースを維持してきたせいで、全身、疲労が濃い。
それでも突き進む。降り続く雨に体が冷えてきたのを感じる。レインウェアは持ってきているけれど、着てはいない。体の内側からの熱で雨の冷たさを相殺するためにも突き進む。
と、広い平面に出た。玉野園地だ。黄昏の闇の中、目を凝らすと……桜が咲いていた。
春の園地、ただし濡れぼそっていて、半分闇の中。PM6:10。
そう、思い出した。今日の歩行テーマはサクラ探索。今、見ているものは、そのシメとなる光景だ。
――今日の朝に見たのは青空に映える犬山城の桜。今日の昼に見たのは曇空に滲む五条川の桜。そして……今日の夕方に見るのは、雨に濡れぼそった玉野園地の桜。
下界を見晴らせる位置にはあずま屋が建っている。ただ、ここも周囲の木々が育って展望はきつそうだ。それに、見えたとしても高度感はあまり無いかも知れない。今日のコースはハードなわりには高度が足らなくて、少々損をしているように思う。
どのみち、今日は雨。見えるものなどありゃしないか。
下山を始める。
下山路は本当に闇のよう。たまらず、ヘッドランプを出して足元を照らし出す。濡れてドス黒い落ち葉が山道を埋めている。
道の真ん中を探りながら下っていく。昼間ならなんとも無い道に苦労。やがて勾配が落ち着き、中央線の高架を潜ると車道に飛び出した。と、同時に視界が一気に開放された。前方の大きな空間、庄内川の幅広い渓谷。
……ホッと息をつく。
そして今しがた出てきた道を振り返ると「東海自然歩道・春日井コース」というアーチが架かっていた。
――今更ながら、なかなか良い区間だったと思う。もっと良い天候の時に歩きたかったところだけど。
右に庄内川を置きながら県道をゆっくりと歩いていく。まだ少し時間に余裕がある。
PM6:23、城嶺橋に着く。
この橋を渡っていった先には定光寺がある。東海自然歩道のコースもそちらに向かって行く。もちろん、そちらは次回のお楽しみだ。
と、言うわけで歩きは終了。なにやら盛り沢山だった今日もここまでだ!
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先のコースへ進む→ |
城嶺橋から駅までは徒歩1分。
定光寺駅は無人駅とは言え中央本線の駅だ。ただし、濃尾平野と多治見盆地の合い間にある峡谷の駅なので、なんとなく秘境じみた雰囲気を持っている……夜であればなおさら。
階段でホームに上がり、雨のホームで電車を待つ。なにしろ中央本線、列車の便は多い。ほどなく、ヘッドライトの光芒を放ちながら電車がやって来た。
乗り込んで、この地から去る。再びここに舞い戻ってくる、その日まで。
――ともかく、今回は20kmの準・山岳コースを5時間弱で歩き切った。相当、無理をしたけれど、成せば成るということだ。さあ、明日は筋肉痛との戦いが待っている!