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去りがたきは木陰の休憩舎――。
だけれど、PM1:00発の谷汲山行のバスも出発してしまった。こちらもそろそろ動かなくては。
ヨッコイショと重い腰を上げる。出発、PM1:04。バスと同じく、谷汲山・華厳寺を目指す行程だ。だけど、こちらは山の稜線を伝って進む。先ほどの下辻峠での苦労を思うと、妙法ヶ岳の方は本当に大丈夫か、なんてことも思ってしまうのだけど……。
出発する前に、この横蔵寺も巡っておこうと境内へ進む。
ここはここで、去りがたき空間。上空を覆いかぶさるようにして、樹木が堂や塔を囲んでいる。盛夏の昼間ではあるけれど、心安らぐ空間であることは確かだ。セミの啼き声がやたら煩いとは言え。
次に、舎利堂へ向かう。東海自然歩道もそっちだ。――日本国内に即身仏というものがある、ということは知っていたけれど。それがこの横蔵寺にあって、さらに有料で公開をしているとは露も知らなかった。
でも観覧はせずに、先に進む。
――怖かったわけではない。今日は一度、干乾びかけたので、即身仏に祈ってこの先、また干乾びかけたりしたら洒落にならない……と、思ったわけでもない。
単に、ゆっくり参拝などしている精神的余裕が無かったから。正直、ここから先、かなり難易度の高い勝負になるだろう、という予感。
コース案内があった。珍しく高低図で示されている。
見ると、この先は逃げ道の無い8kmの稜線歩きであることが分かる。それも、一日の一番気温が高い時間帯にぶつけている。というか、今日ここまで歩いてきて、この揖斐地方の暑さは尋常で無いことは実感した。本当に今日は勝負の日だ。ある意味、北アルプスなんかよりも難しいかも知れない……。
覚悟を決めて、登山道に足を踏み入れる。
展望の無い林間をひたすら登る。汗がもう、ダラダラと流れ出している。もちろん、最初は登り一辺倒であることは先ほどの高低図を見て分かっている。とにかく、稜線にさえ出てしまえば、あとは楽になるハズ……。
30分間の我慢の登り。そして、ようやく見晴らしのある地点に出た。
思わずしゃがみ込んで、荒い息をつく。
見晴らすと、青々とした神原の集落が見下ろされた。涼しげな光景ではあるけれど、己の身体は発熱体のように熱い。
その先、すぐに、あずま屋があった。PM1:54。
思わず、その木陰のベンチにすがり付く。……いや、もう本当にキツい! 飲物の消費も半端じゃない。飲物の用意またケチりすぎた!と思ったものの後の祭り。登り道だから荷物は軽くしたい、という欲求との鬩ぎあいの結果であったのだけど、今は後悔。
幸い、勾配はやや収まってくれている。そして、このあたりから史跡巡りの道となる。
仁王門跡、馬場跡、稚児ヶ岩、熊谷直実の墓……そんな標示があるだけで、明瞭な跡が分からないものもある。
林の中に散らばった遺構――今では訪れる人も僅か。
旧横蔵寺寺院跡という標示にぶつかった。横蔵寺は、今の位置に移るまではここにあったということだ。ずいぶんと高いところに建ててしまったものだ。
と、遺構巡りはここまで。その先、道は再び登りとなった。暑さは相変わらず。というか、なんか少し気持ち悪くなってきた。……ちょっとヤバいような。
シャクナゲ平を通過して、やや下り気味に。と、突然、鞍部らしき場所に出た。目の前を真っ直ぐ林道が通っている。
林道を少し進むとベンチがあった。そこに倒れ込むように座る。そして身体の状況をよく確認。
……確かに、熱中症の予兆症状。30℃を優に超える気温の中、激しい運動を続けてきたのだから熱中症は十分あり得る。これぐらいはヘッチャラと思って登ってきたのだけど、身体の方はヘッチャラじゃなかったようだ。とにかく日影でじっとして、体調回復に努める。飲物の残量が心許ないのが悔やまれる。
――休んだことで、少し回復した気がする。様子を見ながら先に進むか、と歩行再開。
見ると、前方には大きな水溜りがあって、左手に山稜線に上がる木の階段が見えた。……また登りか。山なのだから、当たり前。
再び、木立の中へと進む。その先は、登ったり下りたり、落ち着かない稜線道。植林が多いので、あまり変わらない景色が続く。
身体を気遣いながら比較的ゆっくりしたペースで登っていく。
ごまかし、ごまかし歩いてきたけれど、やっぱり身体の辛さがごまかせなくなってきた。疲れたというのではなく、ダルい。四肢に力が入らない。
これ以上、症状が悪化したら――緊急用具をザックから引っ張りだし、冷熱シートをおでこに貼って、気温が下がるまで横になって滞留、ということになるだろう。
飲物の量が十分とは言えないのが状況をますます悪くさせていた。決して持参量が少なかったわけじゃ無いのだけど、熱中症にならないために水分を多く取った結果、不足気味――悪循環。
せめてエスケープルートか水場があって欲しいのだけど……それらも、山頂に到達した先にしかないのは分かっている。
……その山頂が遠い、遠すぎる。どんだけ遠いんだ、妙法ヶ岳!
あり得ないほど下って、また登り。ふだんなら無視出来る程度の上り下りでも、体調が悪いせいで今日は3倍増しのように感じてしまう。
ただ、前方の葉影から銀色に光るものが覗いている……鉄塔か? 地図によると、山頂手前にあるはずの鉄塔。ついに、捉えたのか?
捉えた! 鉄塔の広場に到着。見晴らしは良くないけれど構うものか。この長い稜線歩きも目鼻が付いて、ホッとする。
PM3:53、妙法ヶ岳山頂到着。標高667m。誰もいない。
見晴らしは無い。静かで、落ち着いた山頂。木陰が濃いので、暑さもそれほど感じ無い。暑いと感じないのは熱中症なりかけのせいか本当に気温が下がったのか判断難しいところだけれど、さすがに午後4時近くだ、気温も下がってきたのだろう。
そして、この先は下りとなる。まだ油断は出来ないけれど、とにかく人里に近づいていく方向なのが心強い。とにかく前に進むしかない。それも、日が沈む前に下山しなければ。山の中で倒れたら、誰かが助けてくれるなんて期待は出来ない。
山頂を後に、出発。
すぐに急降下になる。いつもなら疲れていてもギア・チェンジ出来る下りだけれど、今日は無理。しずしずと下っていく。
前方へ見晴らしが開けるところもあるけれど、うんざりするほど下界が遠くに見える。標高700mに満たない低山からの下山なのだけれど……。
我慢の下り。よろけて転倒しないよう、気を遣いながら進む。
岩屋に到着。待望の水場だ!
空のペットボトルを取出し、水流に潜らせる。ただ、水の勢いがありすぎて、なかなか捉えられない。それに水温が低く、長く水流に手を晒していると冷たさで痛くなってくるほど。ペットボトル半分溜まったところで、撤収。
そして足元のヒル・チェック。――やっぱりいた。しかも三匹だ。靴に上ってきて、そこで威勢よくウネウネと蠢いている。
弾き飛ばす。
冷たい水を飲み、本当に生き返ったような気分になる。水のありがたさが分かる瞬間――。
奥の院を過ぎると、行く手に小さな祠が幾つも出現するようになる。良く見ると、祠の1つ1つに寺社の名前が書いてある。これがミニ西国三十三ヶ所巡りか。さすが、満願札所だ。
と、滝で膝突いて写真を撮ったところ、大きなヒルが今度はズボンを這い上がってきた。
――弾き飛ばす。ヒルの名所か?ここは。
華厳寺分岐、PM4:34。
1本電車を遅らせれば華厳寺に寄れる。だけど今日は速攻、神海へ向かう道を採る。身体の方の余裕が、まるで無い。
ただ、そちらは酷い藪道であった。少し下ってさらに左折、登りに転ずるのだけど、足元は常に草むらに隠される状態。道も湿りがちなので、ヒルも当然のように生息していることだろう。なので、立ち止まることさえ許されず、疲れた身体に鞭打ってひたすら足を上に運ぶ。
――これはこれでキツい試練。
ようやく沢から離れる。何がありがたいって、道が乾燥していることだ。それに、高度が上がったことで林間に西日も射し込んできた。
ほどなく、淀坂峠。通過して、少し下ると林道に出た。
沢筋の林道を進む。見えるものに変化が無い。それに、とても長い。幸いにも、体調は通常の状態に戻っている。やっぱり、気温が下がれば自然解消するものらしい。まあ、事無きを得たからよかったものの、今日は一歩間違えればタイヘンなことになるところだった。夏場の低山歩きは、もっと慎重に行なうことにしよう……。
そもそも、東海自然歩道歩きは別に山歩きじゃない、という意識があるのがまずいかも知れない。散歩の延長――にしては10時間以上歩いていたりするのだけど。
PM5:30、岐礼分岐に着いた。
ただ、何故か車道に出るちょっとだけ手前に指導標が立っている。中途半端な、と思いつつも車道に出て右折、根尾川沿いに県道255号を南下し始める。
車の往来は思ったより多め。道が広いので歩くのには危険は無い。(じつはこれが道誤りであったと気付くのは、少し後のこと)
久しぶりに広々とした光景となる。今日のエンディングも近いという感じだ。根尾川はけっこう大河で、このあたりでも悠々と流れている。川中には釣り人の姿も見える。
西日に照らされた田園風景を見ながら、頭の中を空っぽにしてぼーっと歩いていく。途中に気温標示板があって、30℃というのを見てビックリ。ずいぶん落ちてきたと思っていたのにまだ30℃って、昼間はいったい何℃あったのよ……。(揖斐地方が猛暑で有名な地であることを知ったのは、これより数日後のこと)
岐礼の集落を通り抜けた。と、ここに東海自然歩道の指導標。あれ? 違うところから出てきている?
ここで、岐礼分岐からコースを誤まったことに気付く。県道と山肌の間に道があって、そちらがコースであったらしい。岐礼分岐の位置がずれていた理由をようやく悟る。
まあ、それくらいは良いか。今日は途中、けっこう本気でギブアップを考えたことでもあるし。
遠くに神海橋が見えてきた。
――その神海橋を渡る。この橋を見ていつその橋を渡れることになるだろう、と思ったのは今と真逆の季節、今年の1月中旬のこと。
そのまま東に進んで樽見鉄道の踏切を渡る。そして……。
PM6:00、神海公民館に到着。
ようやく道が繋がった。この先のコースは既に歩いたことがある。途中、苦労した分、感慨もひとしおだ。夏場の東海自然歩道歩きが、こんなにキツいものだとは思わなかった。そして、揖斐の夏の尋常無い暑さも……。
あたりに、午後6時を告げるメロディーが流れ始めた。
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左折し、北へ向かう。歩いたことがあるので、駅までの道筋は分かっている。
神海駅にはPM6:16に到着した。相変わらず、この駅舎は良い雰囲気を醸し出している。ホームに上がると、樽見鉄道の列車は直ぐにやって来た。
乗り込んで、空いている座席に座る。直後から爆睡モード。身体が全力で疲労回復を開始。
それにしても……。
体調があまりよろしくない日に逆療法的に長歩きするのは、そろそろ止めにしよう、と思った夏の夕暮れでありました。