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そういえば松尾芭蕉って伊賀の出身だっけ、と、柳の下の芭蕉句碑を見ながら考えていた。解説板によると芭蕉はこの地を2度訪れていて、1度目は上野から新大仏寺へ、2度目は峠を越えて伊勢へと向かったそうだ。
――さあ、今日の後半戦。国道を離れ再び旧伊勢街道に進む。これは芭蕉の足跡を辿っているということ? などと思いながら。時刻は午後1時を過ぎたところ。晩秋の穏やかな日和。
民家が疎らになり、服部川の川面が大きくなった。その向こう……大仏山?
次の交差点で左折、橋を渡るとやや上り坂となり、民家が密集するようになった。富永だ。
と、小さな社のある四叉路に出る。道標は……なさそう。先ほど見たコース案内では新大仏寺を取り囲むようにコースが二股に分かれていた。右折。
山間とは思えない広い田園地帯。真っすぐ歩いていく。
そういえば松尾芭蕉には忍者説なんてものもあったっけ。忍者どころか、ただの旅好きのオッサンにしか思えないけど。ただ、その健脚ぶりは凄い、と思うようにはなった。日本はこんなにも広いのに――。
T字路に突き当たった。左を見ると山門が見えた。そちらへ。
PM1:20、新大仏寺に到着。大門を潜って右が新大仏寺園地。公衆トイレに東海自然歩道コース案内板もある。
道標の「田代池・霊山」が境内の方向を向いている。やっぱり寺の中を突き抜けるようだ。
小さな階段を上がって大仏殿や本殿のある広場へ。参拝客はチラホラという程度。紅葉も旬だけれど、残念ながら日は翳ってしまっていた。
――コースの先はどこだろう?
鐘楼脇から遊歩道が伸びていた。大仏山山頂を頂点とした1周コースで、ミニ西国三十三ケ所の霊場巡りが出来る趣向のようだ。
でも、ゆっくり巡ってはいられない。ガンガン登っていく。晩秋のこの時間はもう、日の落ちる時間との競争。
傾斜が緩んできた。
大仏山の小狭い山頂に出た。見晴らしは無い。三方向道標が立っている。
もちろん、直進。緩やかに下っていく。日差しが戻って来て、黄葉が輝いていた。
大した下りもなく車道に出た。峠道の、ちょうど峠付近のようだ。
そしてここは複線区間の合流点でもある。コースの先は、峠から稜線方向に伸びていく細道。
でも、まだそちらには進まない。左折し、車道を駆け下っていく。複線のもう一方のコースに一体何があるのかを確認すべく。
――何もなかった。分岐の四ツ辻まで到達して、息を吐く。どうやらこっちは普通に新大仏寺をショートカットするためのコースだったようだ。
さて、と。
上り返しを開始。流石にもう、走ることは出来ない。
何もない、と言っても景色には風情がある。なんだろう、伊賀の隠れ里的な雰囲気を感じている? 上野盆地は広くて隠れ里という感じではないけれど、こっちなら……。
棚田地帯を過ぎて2車線の車道に合流、峠越えの道に。先ほど歩いたばかりであっても、方向が違うと既視感があまり無かったり。
やがて右に溜池が現れた。その先が峠――コース合流地点。
「林道富永線起点」の標示の立つ左手の側道へ。……田代池まで4.4kmか。現在はPM2:07。日が沈む前に山を下り切りたいから、この区間は1時間でクリアしたいなあ。
フラットな林道。歩いていくと林が切れ、右側に子延の里が見下ろされた。山間の田園地帯の真ん中に家々が固まっている。だけど、すぐにその景色も閉ざされる。
先ほど複線コースの一方を確かめるためにロスした時間は20分。それを取り戻すべく、足早に歩く。
最初のうちはヒノキに紅葉が混じることもあったけれど、ほどなく純林になる。同じような景色に。
加えて、右折して長谷林道に入ってから道が一気に細くなった。林も濃くなり周囲は薄暗くなる。並行する沢も蛇行するように。と、道が沢を横断していた。冠水しているけれど、増水? ……いや、脇に飛び石があるので通常の水量なのだろう。
飛び石を渡る。その後、そんな渡渉点が何度か現れることに。
三重県では本線コースでヤマビルに遭遇したことがあった。そのことを少し思い出す。
もちろん、この季節ならヒルは出ないと分かっているけれど。水気のある場所はなるだけ避けて歩きたい……。
沢から離れ、普通の地道となった。そして勾配が出てきたと思ったら階段も現れるように。道標で距離を確認すると、田代池までまだ2km近くを残していた。
――足は霊山の登りのためにキープしておくつもりだったけど、その前に日が暮れてしまったら元も子もない。曇っているなら日没前から暗くなるので、なおさら。
つまり、ここが踏ん張りどころだ、とペースを落とすことなく登っていく。
――疲れてきた。そりゃあそうだろう。でも、林の中に西日が射し込むようにもなった。だいぶ高いところまで上がってきたようだ。問題は田代湖がどのくらいの高さにあるかだけど、そんな下調べはしていない。
道が平坦になった。稜線道っぽい。細かくアップダウンするものの歩き易い。小走りを交えながら進んでいく、と行き止まり。「危険」の標示。
道標は車道に下りるよう指示。
車道に下りる。横断して、このまま田代湖へ下るのかと思ったら、伸びていく山道は上り。単に林道の切り通しを迂回するだけだったようだ。
稜線歩きが続く。どこまで続くんだ?と思い始めた頃、ようやく道が下り始めた。高度がどんどん落ちていく。あまり落とさないで……。
と、思ったら水色の湖面が見えた。田代湖だ。少し見晴らしの開ける箇所もあって、そこからは紅葉に彩られた田代湖と霊山が。ここまで人工林の景色ばかりだったので目から鱗が落ちるよう――。
湖面に向けて下っていく。湖岸は紅葉の盛りで、山辺コース最終区間に相応しいようなもの。
そして田代湖の堰堤に出る。運のいいことに、陽光が薄い雲を貫いてここに届いていた。ペースを落とさず頑張って歩いて来た甲斐があったというもの。PM3:20。
堰堤から湖面を見晴らす。想像していたより広い。陽が沈むまでここで眺めていたい……
でも、そういうわけにはいかない。これから、もう一山越えなくちゃいけないのだから。
堰堤を渡り切ったところに「田代湖」の銘碑が立っていた。その裏からは車道が伸びていて、そこには東海自然歩道のコース案内板も立ってた。
……ところが案内図のほとんど剥がれ落ちていて読み取ることが出来ない。幸い、別の道標がコースは湖岸遊歩道の方だと示してくれている。そちらへ。
遊歩道を進む。湖面はさざ波も無く静か。やがて遊歩道は車道と並行するようになった。
車道の向こうに青少年の家を見て、その先で車道に上がる。対岸にあったのが霊山登山口。約40分という時間も書かれ、どうやら日没前に山頂を越えられそうだ、と少し安堵する。
――東海自然歩道山辺コース最後の山、霊山。遂にここまで来た、という感慨を持つべきかも知れないけど、別に。
目途が立ったとは言え、ノロノロと登ってしまえば元の木阿弥。足の疲労がピークであるのを堪えつつ、足を上へ上へと運んでいく。当然ながらほとんどが登りで、階段が長く続くようなところも。
立ち止まって、小休止する回数が増えてきた。気温も落ちてきたので、ほてった身体はすぐ冷える。周囲が自然林へと変わったことも心を和ませてくれる。
――あと一息。
木々が疎らになって来た。そして、木々の合間から下界への眺望が得られる箇所があった。ただ、意外だったことに見えたのは広大な平地部。これって……上野盆地の方角じゃ?
確かに夕焼けのある方角。霊山の東側から登って来たのに、だいぶ南に巻いて来たようだ。
その後はまた階段。でも、見晴らしが期待できそうと分かると足が動くようになるのだから現金なもの。そして――
PM4:03、霊山の山頂に到着……って、なんか土塁みたいなもので丸く囲まれたている。もしかして城跡? 石室みたいなものもあるけれど。
解説板が立っていて、霊山山頂史跡とあった。城ではなく、寺院跡らしい。
そして「土塁」に上がる。――なんとか日没に間に合った。約束された大展望。
上野盆地が思いの外、広かった。関西線で通過すると山あいの小盆地のような印象があったのだけど、全然。
その外側でも、なだらかな丘陵地帯が広がっていた。大和高原だ。その奥の方、見えているのは――琵琶湖の水面か。そこまで見えるとは思えなかった。随分と北に戻ってきたことを実感。
――その琵琶湖の南端から信楽高原を抜け、眼下の上野盆地にある柘植まで伸びるのが東海自然歩道本線。
山頂には10分ほど滞留。そして下山へと取り掛かる。イヌツゲ・アセビ群生地を抜け、NTT施設を過ぎると本格的に下りになった。
……とは言っても車道伝いなので日没の切迫感はあまり無い。だからと言って暗闇の林道は歩きたくはない。そんなわけで、下り坂ではなるだけ小走り。
それでも、みるみるうちに暗くなっていく。気温も下がってきたようだ。さすが晩秋、フェードアウトが早い。
林道の合流・分岐点では辛うじて標示があるものの、暗さで見逃しそうだから怖い。よくよく確認して方向を定めることに。だいぶ下り、道もフラットになったところでは側道に逸れるポイントを見逃し掛け、焦った。あさっての方向へ突き進んだら目も当てられない。頼るのはコンパス。
……と、上空が開け、多くの車がライトをつけて左右に走る光景。名阪国道だ。上野盆地の端っこに到達した模様。トンネルで潜り抜ける。
そこで芭蕉公園へと寄り道。夕闇を掻き分けるように坂道を上って到達したものの、闇がわだかまるばかりであった。引き返す。
国道25号に突き当たった。右折。その先ですぐ左折だけれど、棒状の道標が見つけられず直進。気付いて引き返すものの、15分のロス。コース復帰するも、また右折箇所を見過ごし、柘植川まで進んでしまう。暗闇の郊外歩きは難度高い……。
もう1本東の道で柘植川を渡り、集落に入る。右折すると両脇が家々に。旧大和街道だ。さて、次の道標は……
それは交差点の横断歩道前に立っていた。棒状の道標は見逃しが怖い。左折。
――真っ直ぐな道。日のあるうちに辿り着いていれば余韻だって感じられただろうに、などと思う。
線路に突き当たった。見えるのは柘植駅のホーム。以前、歩いた道に合流したのだ。山辺の道支線も完踏。PM5:59。
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柘植駅に背を向け、歩き出す。ほどなく踏切が現れる。……この線路を横断して真っすぐ行くと、深い林の中に東海自然歩道本線との合流点がある――と、一瞬過去に思いを馳せただけで引き返す。今日はもう終わった、十分歩いた。
PM6:06、柘植駅へ到着。初めて来たときはまだ「つげ」って読めなかったっけ。列車が来るまで……15分ほどか。関西線でなく、草津線の方が早く来る。
列車に乗り込み、自販機で買った飲み物で身体を温める。盆地の夜は寒い。
ともかく、東海自然歩道の本線と2つの支線を歩き終えた今日。残った静岡バイパスコース、将来歩くことがあるかどうかは分からない。その時の気分次第、境遇次第。なので今日は本当に区切り。
ただ、今後も歩き続けるのは確かだろう。……なぜ歩こうとするのは分からない。その理由を探す旅かも知れない。
とりあえず、眠いから眠ろう――