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綾渡集落――。
これより東に集落は1つも無い。寧比曽岳に登って下りるだけのハイク区間だ。それなのに、もう昼時を過ぎようとしている。時間に余裕は無い、どころか不足している。
……でも、それは折り込み済み。綾渡の山あいの田園地帯を足早に歩いていく。緩く上って行く車道。
右側に山道の入口が現われた。地図でこのポイントを気にしていたから気づいたけれど、何も考えずと見過ごしてしまいそうな位置に道標が立っている。そちらへ。
――植樹帯の地道へと景色が移り変わった。加えて、時折、木立を透かして地面に陽射しが落ちてくるようになってきている。いい感じだ。
このまま高度を上げていくだけか、と思ったら林が尽き、空間が開けた。目の前には白い鉄柵――下降するよう示している。
谷を越えた向こうを見ると、同じような白い柵が見えた。あそこが道の続きなのだろう、と判断して下る。
……結構な下りだ。下り切ると二車線の車道に出た。この谷に穿たれた車道を越えるために、道はいったん下まで下りてきたのだ。
車道を横断すると先ほどと同じ高さまでの登り返し。大したことは無い、と言いつつも、歩行計画に余裕が無い時はどうしても焦ってしまう。
――本当に焦ったらしい。上り切った先に立っている道標を見逃し、あさっての方角へ突き進んでしまった。二車線の車道に合流し、目の前に広がる水田風景を眺めて、いったい自分はどこに到達したのだろう? と首を捻った。地図を確認する――どうやら、この二車線車は先ほど跨いだ車道の続きのようだ。
引き返す。……急いては事を仕損じる、という教訓。
白い柵のある地点まで戻って、今度は正しい方向へ。空を見上げると、青色の領域が拡大してきたように見える。
それも束の間、道は深い林の道に突入して上空の見晴らしは失われる。そして、林の中に落ちてきた木漏れ日。
林間の道が続く――。
高度は既に600mを超えている筈だけれど、このあたりは高度を積み上げず、緩くアップダウンを繰り返すだけの道だ。上りではペースを落とさず、下りでは小走りにして距離を稼ぐことを心掛ける。
実際のところ、車道よりも地面の柔らかい地道の方が、こういうペース調整は行いやすかったりする。
――植樹林とは言え、自然多き道。加えて、道は整備よく、とても歩きやすい。
快調に飛ばす。
本当に緩い道が続く。考えてみると、三河の山地自体がこんな感じだ。山地というよりうねりのある高原。目指している寧比曽岳だって顕著なピークがあるわけで無い。
――そして実際に、このあたり一帯は美濃三河高原と名付けられている。寧比曽岳は、その最高地点。
と、林道に合流した。僅かに並走した後、コースは右に逸れる。
また林道に出た。今度もまたすぐに山道に戻る。
そして、また林道だ。どうもこのあたりは、林道と絡みながら進んでいくらしい。歩行ペース維持には林道歩きも良いのだけれど、出来ることなら山道が良い……。
ところが、今度の林道歩きは少し長く続いた。
上空が開け、大分晴れ上がってきたことが分かる。やっぱり、山登りは天気が良いとモチベーションが上がる。ただ、ちょっと暑くなってきた……。
高度は750m付近まで上げたものの、その後、下りになる。決めていた通り、ここは駆け下り。
PM1:30、金蔵連峠に到着。高度は700mほど。
左右に車道が渡っている。県道367号だけれど、細い。ただ、車が2台ほど停まっていて、ここから寧比曽岳へ向かうハイカーがいることを教えてくれる。
東海自然歩道のコース案内板があって、ここに武田信玄の隠し金山があった話を伝えている。
峠を後に、先に進む。
――寧比曽岳まで、あと6km。午後3時半がデッドラインと考えているので、3km/hで上ってピッタリだ。普通、山の登りではそんなに出ないのだけど、これだけ道が緩やかなら行けるだろう。平勝寺からここまで、3.5km/hのペースで来れているし。
とは思ったものの。山道が登り一辺倒になってくると、少し弱気になる。長時間歩行で、黙っていても足に疲労が溜まっているのだから、これまでと同じように攻め続けられないんじゃないかとも。
と、気弱になっても仕方がない。やるべきことは決まっている。前に向かって進むのだ。
暫く登っていくと、高度を得て背後に見晴らしが開けるようになってきた。登山道が防火帯のようなところを通しているところが多いのも、見晴らしのある理由だろう。
もっとも、見えるものはあまり代わりばえしない。このあたり、人工林の山ばかりで、新緑はほとんど見られない……。
明るい防火帯のグリーンベルトの歩きが続く。両脇には立派なヒノキが立ち並ぶ。上がって小ピークに達し、今度は下りていく――それでも、防火帯の道は続いている。
日本の山歩きで、このような雰囲気を持った登山道はあまり見ないような気がする。自分が知っているのは箱根の山ぐらいだろうか? ただ、あちらは急峻な山や湖もあって景観もあるのだけど……。
ようやく、道が木立の中へと入った。陽射しから逃れホッとする。なにせ今が一番暑い時間帯、木陰が心地よい。
さらに進むと林道に当たった。この先は林道歩きか……。相変わらず上空が開けているので、照りつける日差しが厳しい。確かに、この寧比曽岳登山道の道幅の広さは特筆モノではあるのだけど――日の高い季節は辛いなあ、とそう感じる。
登りだからペースを落として……などとは考えずに、頑張って歩いていく。足はもう張りっぱなしだ。
真っ直ぐで几帳面な林道――と、その先、右側に山道入口があった。間髪入れず突入。さすがに、この先にはもう林道は無いだろう。もうかなり寧比曽岳の山頂部に接近しているはずだ。
……いきなり丸木階段。この傾斜変化に、たまらずペースを落とす。
その先も登り一辺倒となった。ようやく山登りっぽくなってきたかも知れない。
――しかし、寧比曽岳がこれほど人工林の山だとは思っていなかった。ある程度、新緑を期待して時期を選んだのに、ここまで新緑は散見するぐらい。これだと、紅葉時期も期待できないな、と思う。
と、手書きで書かれた「筈ヶ岳→」の標識に当たった。ここが筈ヶ岳分岐だ。PM2:19。
さあ、どうしよう? 筈ヶ岳は寧比曽岳の前山。距離は短いけれけど時間に余裕は……少しだけあるかな? というわけでコースを外れ、筈ヶ岳へ向かって突進。もちろん、ザックは分岐に放置だ。
ここまで、あまり代わりばえのない景色が続いたので、少しは何か変化を期待したのだけれど。登山道は、またもや左右に林を分けた防火帯の道。山頂での展望があることを期待するしかない。
緩やかに上っていくと、最後、カヤトのヤブが煩くなった。そう障害にはならないけれど、高さが背丈ほどもある。コースを外れた道までは整備が行き届かないらしい。
PM2:24、筈ヶ岳山頂に到着。空身なので5分で到着してしまった。
期待していた展望は――あるにはあるけど、霞んでしまって遠望が利かない。開けているのは西方だけで、なだらかな三河の山しか見えないのも、これまでと同じ。
……もっと先に進めば別方向の見晴らしが開けるだろうか? さすがに、そんな冒険は無理。
引き返す。下り道なので勢い良く駆け下って、あっという間に分岐に到着。デポっていたザックを回収。結局、寄り道に費やした時間は10分。
分岐から寧比曽岳へ向かう急坂を下りる。こちらは急すぎて走れない。転げないよう、要注意。
その後は、再び緩く昇降を繰り返す道となった。寧比曽岳とはまだ200mの高度差を残していると思うと、この逡巡はもどかしい。
気づくと、道の雰囲気が少し変わってきている。落葉樹の割合が多くなっているのだ。もちろん、基本的に植樹林だけれども、それがところどころで破れている。
そして、前方に寧比曽岳の山肌が眺められる地点があった。上部、針葉樹の緑に抗うように萌黄色やピンクの色が勢力を伸ばしている――春山の色だ。山頂部はちょっと、期待できそう。
また林道と出合ったけれど、東海自然歩道はそれを横断して、尾根筋の道に入っていく。
――今日一番の急勾配の登りとなる。階段ばかりとかジグザグに登るとか、そういった他の山の「急勾配」とは違うけれど、それでも尾根筋直登はきつい。ペースを随分と落としてしまう。
我慢して登っていくと、勾配がやや緩んだ。高度も1,000mを突破したようだ。地図を確認すると、この先はまたダラダラと登って行くだけのようだ。
登山道の雰囲気も明らかに変わった。多種多様な木々の森――自然林だ。高度のせいもあって、今がまさに若葉の時期――様々な色の若葉を現出させた木々。
いちおう、今日の目的は寧比曽岳の新緑を見ることであったのだから、最後の最後にようやくそれが得られたということ。あとは山頂に着いてしまうだけ!
……とは思っても、なかなか山頂は現われてくれない。これまで以上に、だらだらとした勾配が続いていく。
考えてもみれば、寧比曽岳は到達するのがタイヘンな山だ。香嵐渓を起点とすると、1,000m上がるのに20kmも歩かないといけないのだから。アプローチにしても、マイカーを金蔵連峠の駐車スペースに停めるならいざ知らず、バス・電車利用となると果てしなく難しくなる。
実際、東海自然歩道の足助~田口区間を歩くには、無泊では距離的に無理だろう。地図を見て普通に考えれば、テント担いで富士見峠で一泊、だ。それとも、段戸裏谷に宿泊できるところがあるのだろうか? それにしても、足助を朝早いうちに出ないと届かない筈だけど。
ただ、今はなんとか日帰り出来るペースで寧比曽岳山頂へ向かっている。東海自然歩道の支線を使う、というある意味ずるい作戦で。
――昼下がりの時間帯、五月晴の空の下。ほのぼのとした寧比曽岳ハイク。それでいて足の回転だけは早い。のんびりと歩きたいのは山々。
ひたすら道を手繰っていく。……と、前方にベンチのある広場が見えた。たぶん、あそこが山頂だろう。
PM3:15、寧比曽岳山頂に無事到着。
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先のコースへ進む→ |
山頂は広場になっていた。木立は東面、南面にあるものの、西方と北方への見晴らしは得られる。
もっとも、西方への見晴らしはあまり面白くない。空気が澄んでいる季節なら濃尾平野がキレイに見えるのだろうけれど、今は春霞の中。北方への見晴らしも同様。恵那山ぐらいは見えて欲しかったのだけど。
山頂には色々なものがある。ベンチは当然として、東海自然歩道のコース案内板、寧比曽岳解説板、休憩舎、三等三角点、そして――恵那コース支線への分岐点。
そう、ここは東海自然歩道の本線・支線分岐という要所。恵那コース支線のもう一方の分岐、善師野は2ヶ月前に通過したばかり。……もっとも、今のところ支線コースを歩く予定は無い。
それよりも、寧比曽岳を攻略してしまった今、より東へのコースへ足を伸ばすメドが立ってしまったということの方が重大だ。日帰りセクションウォークで東海自然歩道を歩き通すのは寧比曽岳があるから無理、という言い訳が出来なくなってしまった……。
まあ、今後のことは今後考えるとして。まず下山成功させないと、元の木阿弥。
計算上、この寧比曽岳山頂が東海自然歩道を東へ歩いていって富士山を眺めることの出来る最初のポイントとなる。
残念なことに、今、この山頂には東方は木立が密集していて、木にでも登らない限り富士山を見ることは出来ないようだ。
だけど、隣の富士見峠からはかつて、富士山が眺められたという……「かつて」なのだけど。でも、それを確かめておく価値はある。残された時間は結構ギリギリだけど……いけるか!?
というわけで、富士見峠へ向かう道に突入。
最初は階段、緩やかに下って鞍部に達し、緩やかに登ってすぐに富士見峠に到着。木立に囲まれた芝生のスペース。公衆便所がある。そして、テントが晴れるくらいのスペース。
……さすが、山泊想定されているようだ。ただ、木立は高く、富士山の方角はとてもとても展望が得られるような状況じゃない。
それを確認して引き返す。
富士見峠往復も10分だった。空身とは言え、さすがに走るのは疲れた。
バスの時刻までの余裕も無くなった。伊勢神峠まで4.8km・140分という標示がある。手持ち時間は90分。要するに、辻褄合わせ必須の状況。
PM3:37、伊勢神へ向けて、恵那コースへ突入。
緩やかな勾配――であったのが、一定の勾配で下り始めた。周囲も、自然林からほどなく植樹林オンリーとなる。
ただ、道幅は広く、走りやすい道だ。ヒノキの林間の道をズンズン下っていく。
途中、解説板があって「亀の甲岩」と書いてあったので、足もとを見るとひび割れた岩が2つあった。トピックはそれだけ。
スピードを出して駆け下っていく。最後、階段となって、県道33号に下り立った。
大多賀峠、という標示板がある。東海自然歩道のコース案内板もある。寧比曽岳から2.2kmの位置。PM4:05。
――5km/h超の速度は維持している。下りなら、疲労した足もまだ持ちそうだ。懸念は道筋を間違えなく辿れるか、その一点。
峠から少し車道を進むと、右に山道入口があった。続きはそっちだ。上っていく。
幅広い山道となった。やや上り勾配。そして、西日が差し込んでくるようになった。
やがて、自然公園のようなところに出た。あずま屋が点在し、解説板も立っている。伊勢神湿原だ。
よせばいいのに、湿原の木道の道を歩く。結構乾燥していて、ところどころ水が見える程度。この時期、花の姿も無い。まだ早いのだろうか?
と、車道に飛び出した。このままコース通りに伊勢神峠まで歩いていくのでは無く、ここからは車道伝いに下りて行こうという作戦。
車道歩き。いこいの村愛知はPM4:32に通過。さあ、バスがやって来るまで、あと30分少々。
道が下りに掛かると同時に走り始める。ここが勝負どころ!
やがて、ヘアピンに近い急カーブが幾つも続くようになる。その後、やや下り勾配が緩む。
T字路にぶつかった。飯田街道の旧道だ。右には旧伊勢神トンネルが見える。そして、正面は伊勢神峠へと登る峠道。
そこを、左。もちろん、国道へ向けて下る方向だ。残された時間は25分。もう大丈夫だろうとは思うのだけど、気を抜くことは出来ない。最終バスに乗り遅れたら悲惨なこと、この上ないのだから。
国道153号に当たった。伊勢神ドライブインが立っている。公衆トイレと自販機――自販機は香嵐渓で見て以来だ。PM4:52。
13分の余裕を持って伊勢神に到着することが出来た。13分というのが余裕と言えるかどうかは別として。
とりあえず、バス停を……バス停が無い! 反対方向に1つ「伊勢神」バス停が立っているのが見えるけれど、こちら側には何も立っていない。もしかしてズレて設置されている?
道の先の方も眺めてみたけれど、バス停のポールのようなものがあるようには見えない。うーん、困った。これはもう、バス停は1本で上り下り両方兼ねるパターン、と判断するしか無い。そう信じて待つ。
ほぼ時間通り、バスがやってきた。
停留所の反対側で、祈りながら手を上げる。バスは――速度を緩め、普通に止まってくれた。なんだい、ドキドキさせやがる……。
乗り込む。バスの乗客は2、3人。
足助へ向けて下り一方の道をバスは走る。20分ほどのバス旅。
足助病院が終点。下りる。
朝にも一度来た足助。駅へ向かうバスが来るまであまり時間が無いので、その場でじっと待つ。
四郷駅行きバスが来た。先ほどの稲武バスより小型の、さなげ足助バス。乗り込む。
30分ほどで猿投駅に到着。まだ残照が残っている中、名鉄の赤い電車に乗って帰路についた。