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鞍馬寺。
鞍馬天狗が義経を修行したところ、だと思っているけれど、違うかも知れない。境内には確か、鞍馬天狗像が立っていた筈。
ただし、今日のところは車道に面した山門を一瞥するのみ。ちなみに、背後の山肌に紅葉はあまり目に出来ない。ここまで寄って来た京都北山の神社仏閣と比較べると、この寺の質実剛健さを感じてしまう。
――もっとも、ずっと上にある境内では紅葉盛りなのかも知れない。確かめてみたいなあ。地図を確認してみる。寺までの高度差は150mか……それは無理。
PM3:03、踵を返し、薬王坂へ向かう道を採る。府道をさらに奥だ。すぐに右折の道標――分かりにくい。
家の間の狭い路地を抜け、鞍馬川を渡る。ここに東海自然歩道のコース案内板。左に地蔵寺、右に八幡宮を見ながら山道に入り込む。
山の西斜面を登る。背中から西日が刺し貫く。黄葉もあって、明るい山道。下りて来る2、3人とすれ違う。散歩のような身なり。
一生懸命登る。と、鞍馬からものの15分で薬王坂に到着。解説板が立っている。――それにしても、峠なのに「坂」とは変な感じ。
薬王坂の東斜面を降りる。日光が入り込まず、暗い。登りが明るい道であったことの反動で、夜泣峠からの下山道に比べても輪を掛けた暗さに感じる。
ほどなく下り切って、山間の田園地帯に出た。ここから先はまた平坦な道。ダートの道を回りこむように進み、静原集落に入っていく。京都盆地から北に一山隔てた、小盆地の里、静原。
静原の住宅地の中、少し高台となったところを東へ進む。と、道端に座ったおじいさんから声を掛けられた。「オウハラか?」
何を聞かれたのだか、一瞬分からなかった。でも、この道は東海自然歩道だ。きっとこの御老人は、ここを行き来する人たちをずっと見続けて来たのだろう。と、すると……。
「はい、大原へ行きます」「道は知ってるか?」
逆コースを一度歩いたことがある。「はい、知ってます」「そうか……」
それで会話は終わった。少し申し訳ない気がしたのは何故だろうか。
クランク状に道を曲がると、前方に静原神社が見えてきた。そして、鳥居の向こうには燃え上がるような紅葉――今日はこの紅葉を見ることを目的に遥々やって来たのだった。そう、9時間もの道のりを経て。
まさに注文通り、晩秋の西日が当たった紅葉。……やや、散り掛けかも知れない。それでも構いやしない。
神社の隣の公園では子供たちとその親が遊んでいた。歓声が静かな境内に響く。
京都北山のとりとめの無いワンシーン。なぜか感傷的になる。――少し疲れたかも知れない。
あとは惰性の歩き、と言っては何だけど、とりあえず日没との闘いは無くなった。この場所で光があること、それが重要であったのだ。そしてそれは達せられた。
……とは言え、暗がりの里歩きはよろしくない。先を急ぐ状況は変わらずだ。東海自然歩道案内板が立つところが静原のチェックポイント。時間は、PM3:38。
それを過ぎると、コースは府道40号に合流していく。
江文峠に向かって東進する。途中からは府道左の脇道に逸れ、砂利の上り坂を進むようになる。
府道をトンネルでくぐり、丈高い杉に両脇を囲われながら、さらに進む。いつの間にか、ダートの道から山道になっている。
――峠の西側斜面とは言え、日没時刻が近付いて日がかなり傾いている。脇道に入って以降、もう一切、日の光が届かなくなった。
江文峠は標高300mあまり。静原が標高200mなので、そう高度差は無いのだけど。疲れているせいで上りはしんどい。
と、府道に飛び出た。車通りは散発的ではあるけど速いスピードで走っていく。その道を歩く――ただし、歩行用スペースも広く取られていて危険は無い。
ピーク地点を過ぎると、道は大きく右にカーブしていく。そこに下山道の入り口はあった。覗き込むと、予想通り暗い林間の山道――ヘッドランプが必要かも、とさえ感じられる。
振り返ると、江文峠の山の西斜面に、斜陽の最後の恵み。
暗がりを注意深く進む。急斜面は最初のうちだけで、そのうち緩やかな下りになってくれた。左に金比羅山登山口を見過ごしてもう少し進むと、車道に飛び出た。
コースは右に折れていく。でも、せっかくなので、逆方向0.2km先にある江文神社へ向かう。まあ、ここまで来たら数分の遅れは問題にならない。
途中、ロッククライマーの連中とすれ違い、挨拶を受ける。彼らは金比羅山から下りてきたのだろう。
――江文神社は、変わらずそこにあった。
先ほどの分岐に戻り、さらに下る。
三たび、府道40号に突き当たる。脇にはコース案内板。ここは横断。
緩やかな下り。左には、大原の盆地が広がるようになった。畑が広がっている。
――そして正面には滋賀・京都府県境の山々が大きく立ちはだかっている。水井山や大尾山を擁する、標高700m前後の山稜線だ。東海自然歩道は、この山稜線を仰木峠で越えていく。
と、左折の道標が現われた。
川を渡って進む方角を北へと変える。
……そう、よく憶えている。ここから暫くは、畑を貫く真っ直ぐな一本の車道をひたすら歩くだけだ。
そして、今日の歩き始めから12時間を越えた。半日を超える歩きは久し振りだ。足のスタミナ切れは歩く速度で調整可能だけれど――足裏の痛さはどうしようもない。
ただ、もう大原の里。長閑な光景が広がっている。
日没間近で気温は急下降。上着を取り出し着込むものの、冷気は体を刺し貫いてくる。
――まだ晩秋だ、と言い張ったところで、12月。気温までは誤魔化せない。冬はもう、始まっている。
左から府道40号が合流してくる。それでも、まだ直進。野村分かれを通過。
平地歩きとは言え、我慢の歩きが続く。と、左の杉林に「大原の里展望特別招待席」なる看板が――。興味を惹かれて上がってみると、ただの休憩ベンチであった。看板の裏には展望図――NPO団体の作だ。せっかくなので、大原の里を眺めながら小休憩。
日没時間も過ぎた頃に、ようやく乙が森に着く。解説板が、悲しい村娘・乙について語っている。
左折して、寂光院へ向かう。
山側へ向かう道。やや上り気味なので疲れた足に堪える。0.5kmほど進むと、東海自然歩道は右に向かって折れて行った。
――それだと、寂光院に着かない。コースを外れ、細くなった路地を山奥に向かって進むと観光地然とした雰囲気が出てきた。人出もある。
そして、ようやく寂光院に到着。PM4:54。
11月中なら間に合ったのだけど、12月なので既に拝観は終了。がっちりと門は閉まっていた。もっとも、600円の拝観料があるので、間に合っても時間が無ければやっぱり入らなかっただろう、と自分を納得させる。
踵を返す。今日の目的地は全てクリアした。あとはもう、大原バス停へ向かうのみ。
土産物屋の明かりが仄かに照らす道を歩いていく。東海自然歩道と再合流、再び大原の里へ。
それにしても、結構、人が歩いている。ついでに言うと、時間帯が時間帯なので(?)カップルが多い。仄明るく柔らかい闇の中、足は大原バス停へと向かっている。
――階段に行き当たる。今日の終着地はこの上にある。
PM5:10、夕闇の大原バス停に到着。その前の国道367号に出て、東海自然歩道の先を一応確認しておく。
ただ、次の比叡山コースは先月、既に歩いている。これまで、東から西にしか歩いたことが無かった鞍馬~大原区間が、今日できちんと方向が繋がった、というだけのこと。それでも――
2年越しの、京都区間制覇。
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大原バス停からは、京都駅行きと国際会館駅行きが臨時便含めて多発している。それでもバスを待つ行列はみるみる間に長くなって、最後には20~30人に達した。
京都駅行きバスをやり過ごし、次の国際会館駅行きバスに乗車する。――こちらの方が空いている。
バスが発車。車窓は夕闇からすぐに夜闇へと移ろう。30分ほどで国際会館駅前のバスターミナルに到着。
京都駅行きの地下鉄に乗り換え。
京都駅で地下鉄を下りる。
――すぐには乗り換えず、駅の外に出てみる。何故か、少し人波に当たりたい気分になったのだ。
期待を裏切らず、駅の周囲には大勢の人。観光地京都の中心駅は、いま家路につこうとする人たちでごった返している。
京都駅の上部はオープンスペースになっている。足は何となくそちらへ向かう。階段を上って、駅の一番上部へと。
――思い返せば、東海自然歩道の京都区間は一昨年の冬~春に“一瞬のうちに”通過してしまっていた。東海自然歩道は山岳コースと思い込んでいた当時は、華やかな京都コースに相対して少なからず鼻白んだものだ。その違和感が先に立って、その区間を楽しむことがあまり出来なかった。
ただ、それから静岡から遙か山梨のコースまでへと足を伸ばしている現在、この京都区間の重要性は良く理解できるようになった。この自然歩道にあって……というより、「この日本を代表する長距離自然歩道にあって」必要で欠かさざる要素をこの区間は持っている。…そう、思う。
京都駅構内には大きな電飾ツリー。季節はめぐり、もうそんな季節。
今回のコースを無事、踏破出来たことで、残りの区間は5つとなった。ずいぶん、遠くまで来たものだ。
そして、今年はもうこの自然歩道を歩く予定は無い――ということで。少し気が早いかも知れないけれど。
来年も良い年でありますように。