AM11:36、市ヶ原。
ちょっと家を出るのが遅れた摩耶山ハイク、といったイメージで行こうか、なんて考えてみる。新神戸駅に10時半に降り立って、布引渓流沿いを1時間というコースタイム通りに歩いてきた――そんな感じのハイカーが回りに大勢いることだし。
でも……脚はもう5時間ほど、累積標高にして1,500m近く歩いているような重さだし、右膝に至っては、なんか痛いのだけど。
きっと気のせいだろう。
この渓谷には何軒か茶屋が立ち並んでいる。その前を歩いていく。最後のところまできた。
――地面にまだらの影を落とす5月の木漏れ日、気持ちの良い川沿いの小道。ネコは二匹ほど。
しばらく渓谷沿いに進んでいくものの、分岐があって右折。いよいよ、名高き天狗道の上りが始まる。
まずは稲妻坂。AM11:42。
ここで、全山縦走を阻もうとする「暑さ」「道迷い」「膝の痛み」に続く第4の刺客――「人の多さ」が現われる……というわけで大勢の家族連れハイカーに引っかかってなかなか前に進めない。さもありなん、人気コースの旬の時期なのだから。
天狗坂の果てない尾根上り。……ペースもだいぶ落ちてきた。脚が重いばかりか、息も切れる。空が曇ったのがせめてもの助け。
それでも、高度が上がるにつれ展望が少しずつ開けてくる。また、ちょっとした岩場の上りもあったので、つい癖でひょいひょいっと登ってしまい、直後、足が攣る。
――左足ふくらはぎと右膝上筋肉という変なつり方。痛む右膝を庇って登っていたせいだ。情け無い。
大きな岩の上に座り、景色を眺めるふりをしながら痛みを堪える。
ちょうど、見晴らしが良い岩場だった。眼下に大都市と海原が広がっている。その両方を間近に望のは、やっぱり不思議な感じがする。他の山では、あまりこのような眺望は無い。
展望に背を向けて、再び歩き出す。痛みは完全には退けていないけれど、筋肉が弛緩したらもう歩くしか無い。山ではそうすることにしている。
もう一度攣らないよう最初はそろそろと、そして次第に普通のペースに戻していく。
展望は閉ざされ、再び樹林の道。素晴らしいツツジのトンネルと化している。それを見たハイカーの歓声も聞こえてくる。
――ロープウェイで山頂まで上がってしまう人たちにはこういう楽しみは無いのだよ。まあ、苦労に応じたお楽しみ、ってことで。
PM0:54、摩耶山到着……けっこう疲れたぞ!
山道から、幅のあるフラットなダート道に切り変わった。いつものことながら、せっかく山道を登り詰めたのに山頂に人工的な光景が現れるとガッカリする。
摩耶山の702m最高点は、どうやら電波施設の敷地のどこかにありそうなのだけど……。でも探索せずに、さっさと展望台に向かうことにする。なにしろこの山への登りでペースが落ちたせいで、時間にあまり余裕がなくなってしまっている。
サクラがまだ咲いている。ツツジの季節から1つ巻き戻ってしまったかのよう。ただ、サクラは5月の日差しの強さには、ちょっと不似合いかも知れない。
桜谷道を左に分け、路面は石畳になった。さらにすぐにアスファルトに。ここまで登り一辺倒であったので、急がずに歩いて身体をクールダウンさせる。
「摩耶ロープウェイ山上」バス停が現れた。阪急六甲駅からここまでバスで来れるらしい……。右手には、たこ焼き屋のワゴンが停まっている。そこが広場の入口。
脇を通り抜けると、まっ平らな広場、大勢の人。
――ここが掬星台。星を掬う台。
確か、ここからの夜の眺望は日本三大夜景の1つだった筈だ。阪神湾岸地帯への絶好のビューポイント。
広場を横断して、その見晴らしの展望地へ。
もう昼過ぎなのであまり遠望は利かない。それでも、全山縦走路を西から歩いてきて、大阪方面への眺望が初めてすっきりと開けた。――やっぱり、日本第二の都市へ続く街並みの連なりは凄い。その街に海がギザギザに食い込んでいる。
そして、正面には六甲アイランド、ポートアイランドの2つの“手”が瀬戸内海に伸びているのが見える。夜景が素晴らしいことは瞭然だ。
六甲山上方面は良く見えている。まだまだ遠いなあと感じるものの、ここから先は1つの大きな山。登って、下りるだけだ。ごく簡単に言うと。
PM1:15、10分間ほどの滞留で掬星台から出発。もっとゆっくりしたかったけれど仕方がない。先は長いのだ。最後に自販機で飲み物を補充しておく。ところが、適当にボタンを押して出てきたのはビン入り飲料。これ、重いじゃん……。
六甲山上への道の入りは、アゴニー坂のプロムナード。観光客がサクラを前に写真を撮っていたりする。
――平和な光景だ。縦走途中で無かったら少し周辺を歩いてみるところだけれど今はそんな余裕はない。播磨公園駅を発って6時間半が経過。掬星台で長めに休んだのだものの、ちょっとしたアップダウンで直ぐに両足の疲労が復活する。
ペース配分が大事。
と、思っていたのにその先で迷ってしまった。道標を見逃がした?
左折して車道に戻り、少し進んでみると右手に山道への入り口を見付けることが出来た。そうか、尾根の方角が変わったのに直進しようとしていたのか。
左手に摩耶山天上寺が見える。摩耶別山付近までは、やや登り。
ピークを過ぎると、 アゴニー坂の下りが始まった。
――だいたい摩耶山をPM1:00前にクリア出来たことで、この六甲全山縦走も目鼻がついた。予定からは1時間ばかり遅れているけれど、まあ、誤差範囲だ。六甲山最高峰までは標高差にして200m以上残すものの、尾根伝いで進んでいく限り傾斜はきつくないだろうし、車道中心なので迷うところも少ない筈……と、いうのは自分に対するモチベ付け。実際のところは疲労具合、右膝の状況、どちらもあまり芳しく無い。
そう、問題は最高峰から終点までの下り。いかに膝の負担を軽減出来るか……。
PM1:32、アゴニー坂を下り切って車道に出た。ここから、また暫く車道歩きだ。車の往来はあるけれど、歩道があるところも多いので問題は無い。ただ、展望が得られないのは残念。
道は、まったくもってフラット。淡々と歩くしかない。
途中、杣谷峠に休憩所があって、大勢の人がその木陰に休んでいた。
その先の峡谷がカスケード・バレー。逆方向には穂高湖……ここはいったい、どこ?って感じのネーミング。
車道はぐねぐねとくねりながら続いていく。自然の家前を過ぎたところに、やっと縦走路の入り口が見つかった。
PM1:43、山道へ復帰。北へ向かって登り一辺倒になる。
摩耶山以降、待望の山道であったので通常ペースで登っていったのだけど、途中からペースが落ちる。止む無しか。
と、車道に突き当たった。左手にはバス停。車の往来が多く、車道を横断するのに少し待たされてしまった。
対面の山道の続きに入る。後はひと登り……と思って勢い込んで登るのだけれど、その「ひと登り」が長い。
PM2:03、ようやく三国池に到着。六甲山上にあって静寂さが感じられるスポットなのだけど、今日のところは一瞥しただけ。再び歩き出す。
山道は終わり、山上の別荘地の連絡路、といった感の車道となった。閑静な道を歩いていく。
と、左手に「自然歩道」の道標。良い雰囲気のダート道が伸びていく。……全縦路はそっち? でも、標示は無い。地図を確認すると、そちらはだいぶ大回りのコースだ。それに、以前見た全山縦走大会の参加者たちは皆、車道を歩いていた。
直進することにする。
PM2:05、山上横断道路にぶつかる。しかも、表六甲ドライブウェイとの合流点である丁字ヶ辻だ。当然、ひどい交通量。
往来の激しい県道上を東に辿っていく。もはや山のハイクじゃない。歩行スペースも狭く、見通しの悪いカーブで観光客の一団とすれ違ったりすると、車道側に膨れて危険すら感じる。
……やっぱり、さっきのが全縦路だったのかなあ。
林の中を脱して、少し見通しが効くようになった。さらに、車道脇に歩道が付くようになった。これなら安全。県道は上り坂となって続いていく。勾配が緩くて助かる。
前ヶ辻で「アイスロード」を左に見送り、六甲山ホテルを左、六甲山郵便局を右に見送ると、前方にようやく六甲記念碑台が見えてきた。
PM2:30、記念碑台に到着。
階段を登り、少し小高い丘の上にある展望台へ。
そういえば何の記念碑なのだか確認するのを忘れた。胸像があるので、きっと彼の何らかの業績を称えているのだろうけど、あまり歓心が沸かない。さすがに疲労が濃い。足だけでなく、脳にもカロリーが必要なよう。
午後も深くなったためか、展望も白く霞んでいる。
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