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観光客の姿は見られなくなった。その代わり車の往来が激しい国道150号。駿河湾に沿って伸びる車道だ。
もちろん、歩けるのは車道脇付の歩道。ところがその歩道が工事で通行止め。足元の東海自然歩道マップを見ると、この歩道を三保半島まで歩いていくことになっている、と、いうことで。
久能海岸に下りる。――広々とした砂浜。国道より位置が低いためか車の騒音もだいぶ減じて、代わりに潮騒が耳につく。よし、こちらを歩こう。
PM1:40、伊豆半島が見える方向へ歩き出す。陽射しは暖かく、海風も弱い。絶好のウォーキング日和。もちろん砂浜は歩き易いとは言い難く、足を置くと1~2cm沈み込んで歩くのにもやや力が要る。でも今日は足をほとんど使っていないので、これくらいはちょうど良い負荷。
ペタペタと音を立てながら歩いていく。
砂浜は十分に広い。消波ブロックの合間から波が入り込んでいるにしても。
一方、陸側には久能山の海蝕崖が見えている。そう、隆起する陸地を波が削っていく現場がここだ。そして削られた土砂が運ばれて出来た砂州が今向かっている三保半島。なので土砂の流れを追いかけているようなもの。
それにしても……砂浜が真っすぐだ。まるで婉曲していない。一点消失の世界。
環境省公式では日本平コースは草薙駅から久能山下までだ。そこから三保松原までは静岡県が付け足したもの。
――確かにこの区間、何も無い。仮に連絡路と捉えれば、久能山下バス停からバスで三保松原まで進むのが推奨になるのだろう。まあ、それでも自分は歩くけど。
それにしても同じ景色がひたすら続く。昼下がりの午後、一定周期の潮騒の音。……なんだか眠くなってきた。
ザックから朝方にコンビニで買った御握りやパンを取り出す。歩きながらの行動食。波打ち際、歩き易い濡れて黒くなった砂面を辿っていく。時折、寄せる波が足を洗いそうになり、避ける。
そういえば、浜辺歩き始めてから誰一人目にしていない。というか生き物を見ない。たまにウミネコを見掛ける程度。
内陸を通る東海自然歩道本線では海沿いを歩くことなど無いので少し不思議な感じ。他の長距離自然歩道では普通にあって日本海や瀬戸内海、もちろん太平洋を見ながら歩いたこともある。一番近いのは首都圏自然歩道の湘南海岸を歩くコースか。あっちも太平洋岸自転車道がコースに指定されていた。
その太平洋岸自転車道は防波堤の上にあって見えない。
テトラポットが多くなり、浜辺は狭まった。波を防ぎ切れていない。どうやらこの先で行き詰りそうだ。
陸に上がれる箇所は、と。いまこのタイミングで大地震が起きて、津波が迫ってくるのに陸に上がれない、なんて状況を一瞬想像する。もちろん、階段はすぐに現れた。上る。
そこは車が通るのに十分な幅のある歩道だった。でもこれが太平洋岸自転車なのだろう。国道とは草むらで隔てられている。
再び東へ向けて歩いていく。右に駿河湾、左手後方には日本平の緑。
やがて道幅が狭くなり、元の自転車道らしくなった。国道と接したところにBP駒越西交差点。このあたりビニールハウスが目立つ。その上に富士山も見えている。まだ天候は大丈夫のようだ。
国道脇に並ぶ椰子の列を手繰るように進む。歩き易い道だけど、単調。海岸も砂が人工的に補充され、のっぺりした台地のようになっている。
と、国道が左に緩くカーブして離れていくところで前方に松原が現れた。ここが三保半島の付け根なのだろう。ここまで、なかなかに遠かった。
そんなわけで左側が松原となった自転車道を歩いていく。まだ松の背は低いし密度も薄い。松の列が途切れるところもある。それでも雰囲気は断然良くなった。やっぱり海沿いには松原だと感じる。
ベンチが現れた。案内図に「羽衣海岸緑地」とある。現在地は三保半島の付け根。久能山東照宮まで5km、三保松原までは3km……もう松原は始まっているけど先は長いということか。
午後も深まってきた。この時季は日没が早い。あまりゆっくりはしていられない――
再び歩き出す。進むにつれ松原は濃くなり、歩道に覆いかぶさるようになる。遂には両側に立ち並ぶように。
行き止まった。「ここは三保松原です」の標示があるのに。たぶん、この直角に曲がって松原の中に消えていくのが続きなのだろう……でも。
前方、砂浜に大勢の観光客が見える。道を進むか浜に下りるか。
迷った挙句、「直進」を選ぶ。松原のただ中へ。その名の通り松の林、日本のどこの松原もこんな感じだけど密度が濃いような。
あまり歩くような場所じゃない、と浜へ。
浜辺には十数人の人。ここが三保松原の観光的中心地なのだろう。浜辺に松原までは良いとして、その先に富士山。世界遺産に登録された理由。
――その富士に向かって浜辺を前進。聞こえるのは潮騒の音のみ。風も無い。観光客がいるのは先ほどの一帯だけだったようだ。
また砂浜の幅が狭まってきたので松原に戻る。松林に伸びる遊歩道。三保半島の中心にある御穗神社に立ち寄ろうかとも思ったけれど、止めておく。陽射しもだいぶ傾いてきたし。
再び浜と松原の間の歩道歩き。太平洋岸自転車道が戻ってきたのだ。前後に、夕方の散歩をしている人たちが何人か。
いくら歩いても富士山は同じ位置。やや霞んで、山体の輪郭が背景に融け掛けている。……でも、目標物があるのは良いこと。何も無いと、いま自分が何のために歩いているか考え始めてしまうから。
日没が近づき、景色は赤みを増しつつある。松原の影も長く、長く伸びていく。それなのに何故か時が止まっているようにも感じられる。このコースのユニークなところかも知れない。
松に取り囲まれるように白い灯台が建っていた。清水灯台だ。想像より背が低い。野良猫が一匹、その足元に陣取っていた。
ここが三保半島の先端。富士山とは駿河湾により隔てられている。もちろん、これ以上近づくことは不可能。
左から車道が合流してきた。「燈台下焼き肉センター」なんて店もある。単調な景色は解消したけど、人の世界に戻って来てしまった感じ。
車道――三保灯台通り脇の歩道を北へ向かう。右手には清水三保海浜公園。
公園の遊歩道を歩く。進行方向が変わったので海越しに興津の町が視界に入ってくる。白いガントリークレーン、日本平で見たものよりずっと大きい。
駐車場に当たって公園は終わり。自転車道に戻る。ここにも猫。もしかして釣り人が多い?
自転車道は「三保飛行場入口」を回り込んで再び海沿いに戻る。
――富士山は今は右手正面に聳えている。その左にあるのは浜石岳だ。半年前に歩いたばかりなのに早くも懐かしい。
道は緩やかに左にカーブして清水の町も視界に入って来た。行き交う船も目立ってきて、すっかり港湾の風景。
一方、陸側には駐車場が目立つ。浜辺は再び広がった。三保真崎海水浴場だ。
進行方向はもはや西に近い。それでも松原はまだ続いていて、その「壁」を浅い角度で貫いた陽光が漏れ輝いている。
前方の地面、日の光が当たっている。陽光が届くということは、その西側には松原が無いということだ。岬が方向を変える場所。
PM3:54、真崎に到着。本コースの終点だ。その先端に立って見返すと松原がぐるりと折り返していった。
富士山を一瞥した後、再び自転車道の続きを歩き出す。西日を浴びながら歩く松原の道――なんか、とてもエンディングっぽい。
海岸線が描く優美な湾曲。かたや海の向こうでは港湾施設が目立っている。その向こうに午前中に歩いた日本平、巨大な電波塔のシルエット。
それにしても今日は「平ら」なコースだった。足もあまり疲れていない。もっとも、今日は時間的余裕があったので歩くペースが遅かったせいかも。風もなく天候にも恵まれ、よい自然歩道歩きになった。
前方に小さな桟橋。水上バス乗り場だ。船は……泊まっていない。
発船時刻は確認していなかった。桟橋を進み、どれどれと時刻表を覗き込む。次便は――16:35か。
むかし先志摩半島の先端の御座港まで歩き、船を待っていたら故障で運航中止になったと知らされた経験がある。その時は幸い傍にバス停があったので無事に帰ってこれたのだけど、こちらにもバス停が近くにある。バスは船便が無かった時のバックアップと考えていたけれど使わずに済みそう。
与えられた待ち時間は30分弱。さあ、どう使うかとまずは桟橋を戻り、陸に上がって車道に出る。やたら長い名前のバス停。次の清水駅行きは――16:53か。
では、と車道をそのまま岬の方角へ進む。道脇に並び立つ椰子の木が南国ムード。ただ、いくら祝日でもこの時間では車の往来はほとんどない。
見えてきたのは海洋科学博物館。もちろん目的はこれじゃない。さらに車道を直進。
松林をぬけ、再び海岸線に戻る。先ほど歩いて来たばかりの道。そう、真崎へ戻るのだ。
そんなわけで、真崎に復帰したのがPM4:21。目的は紅富士。赤みを帯びた日の光が富士山の雪に反射してピンク色に輝く現象だ。ただ、確かに淡く色付いていたけれど――期待したほどではなかった。角度の問題? それとも、もう少し時間が後?
「バス」が出てしまうので待ってもいられない。後ろ髪引かれつつ、桟橋に向けて歩き出す。真崎からこちら、富士山は見えない。
桟橋が見えて来た。発船時刻の10分前なのだけど船が無い。あれ? 本当に運行停止?
そして、日が沈もうとしていた。……と、その夕陽に焼けた海面を突き進む黒い影。あれか。水上バスって、いつもこんなギリギリなの?
どちらが早く桟橋に着くか競争。
船は8分前、自分は6分前に桟橋に到着。400円渡して乗り込むと船内には乗客が7~8人。30分前には誰一人桟橋にいなかったのに。
自分はキャビンを突き抜け、後部デッキへ。この絶好の時間帯に船内など勿体ない。短い船旅を満喫する構え。
と、ピエロが乗り込んできた……えっ、ピエロ? そういえば日の出乗り場には「ちびまる子ちゃんランド」があったっけ。子供たちの人気者。
船は時刻通りに出航した。三保半島を置き去りにして清水港の横断を開始する。今日はロープウェイに加えて船も使う。東海自然歩道にしては異色の歩き旅となった。
三保半島の松原の上に富士山が顔を出した。少しピンクが濃くなったか。もう日没を過ぎているので、今日はこれ以上濃くなることはない筈。
富士山は徐々に大きくなりながら東へと移動し、やがて真崎の真上にきた。つい先ほどまで、あの岬に立っていたんだなあとシミジミ。
船は富士山を後方に配置したまま清水湾を突き進んでいく。この後方デッキは確かに一級の富士展望台だ。この湾に観光路線があるのも頷ける。いつか昼間にも来てみたいものだ、と思う。
あたりは徐々に暗くなっていく。
トワイライトゾーンに突入する。……まあ、ただの「夕暮れ時」なのだけど、この少し非日常的な空間ではその言葉のほうがしっくりくる。演出過剰なことに対岸には観覧車まである。
その観覧車の方角へ向かって船は進み、出航してから15分後、日の出のりばに到着。ここでは未だ下りない。JR清水駅は江尻のりばが直近。
5分後に船は再出発した。既に夕暮れ時から黄昏時に変わっていて、街明かりが目立ち始めた。それでもまだ雪面を鈍く輝かせている富士山が見えた。どうやら今日は自分が一番長い時間、富士山を見ていた1日となったようだ。富士登山の日は除くけど。
――寒い。11月も下旬、デッキに出張っているのだから当たり前。それでも乗客室に入ることはなく海を眺めていた。
10分の船旅が追加されて江尻のりばに到着。PM5:12、すっかり暗い。
……で、問題は清水駅17:19発の列車に間に合うかどうかだ。新幹線との接続を考えるとその列車は逃したくない。
目の前には清水魚市場。今回は諦めた。外を回って夜道を走る。歩道橋に上がってさらに走り、JR清水駅の改札を潜ったのは電車の来る2分前であった。そんなわけでゆったり優雅に歩いた1日、最後だけ慌ただしかったという……。