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PM1:35、宇津ノ谷峠道の駅(静岡市側)。ここに立つ道標は……旧東海道、太平洋岸自転車道、そして東海自然歩道の3種。東西を結ぶ3つの「街道」が交わるここは、ちょっとした特異点――そんなことを感じる人は滅多にいないと思うけれど。
道の駅を抜け、駐車場脇の歩道を進む。藤枝バイパスの車の往来が相変わらず激しい。宇津の谷の静けさに浸った後だから一層喧しく感じるのかも知れない。
それにしても、ここまで来て「東海自然歩道を歩いている」という実感があまりしないのはどうしてだろう? そりゃ、自分が3年かけて集中的に歩いていたのは15年ほど前。今ではすっかり落ち着いて……ではなさそう。残念ながら。
駐車場が終わり、目の前には逆川歩道橋。その上り口に東海自然歩道のマップが掲げられていた。満観峰コースの入口だ。ここで右折、東海道を後にする。
逆川に沿って車道を南へと歩いていく。車の往来はほぼ無くなった。再び訪れた静寂。
――そういえば逆川って熊野古道の紀伊路にもあったっけ。一瞬、自分がどちらの方向へ向かっているのか分からなくなる、というような。川の名前で注意喚起。
周囲に民家も見当たらなくなり、左右から山に押し込められるようになった。道もくねり始め、今日初めて山に分け入っていくような感覚になる。自然歩道はこうであって欲しいもの。
ただ、天候が悪いのが心配。昼間は晴れる予報だったけど晴れず、しかも天気は下り坂、この後に晴れる望みは無いだろう。もう雨さえ降ってくれなければ、という気持ちに。
このまま登山道に変わってしまうのでは、なんて思って歩いていたら空間が開けてきた。集落がありそうな雰囲気。今日は緊急のコース変更のせいで事前調査はしていない。目の前に何が現れるか分からない。
道脇に民家が現れた。さらに前方の斜面には集落が。ここは……逆川集落? 山里と言っても良いかも知れない。左折して逆川を渡り、見えていた集落に向けて上っていく。山肌に張り付くような家々。
集落を上り詰めていく。東海自然歩道の標示が要所にあって、迷うところは無い。一方、集落にひと気はなく、ひたすら静か。車は停まっているのだから住人はいるのだろう。
……と、どうやら集落の最上部に来たようだ。でも、道の先が無い。どこ? と見回すとごく細い道。道標もあった。ここが満観峰登山口ということか。案内が無ければ登山口だとは思わなかったことだろう。PM2:07。
登山道に突入。登るとすぐに道脇は茶畑へと変わった。やっぱりこの細い道は農業作業道なのだろう。春草で道が隠されそうになっている。
茶畑はすぐ終わり、深い林の中に入っていった。沢が現れ、渡ると一緒に登っていくようになる。勾配も急に。――ようやく山歩きっぽくなってきた。ここまで体力消費するようなところはほとんど無かったので、まだ足は動く。
やがて運搬用モノレールが現れ、並走することに。昔はこんな山の奥まで人の手が入っていたということか。ミカンでも作っていたのだろうか?
モノレールが離れていった。荒れ果てた茶畑を過ぎると、後は普通の登山道となる。それにしても、他のハイカーの姿がまったく見られない。満観峰は人気の山だと聞いているので、この時間帯なら下ってくる人とすれ違ってもいい筈なのに、と思う。
――そう思って気付く。そういえば前、満観峰コースを歩く時は天候の日にして山頂から富士山を眺めよう、と考えたことを。そんなこと忘れて歩くコースをシフトしたので、どうやら満観峰からの富士山は諦めざるを得ないようだ。
新幹線が遅れた時点でリタイアして帰るべきだったか……そう後悔し掛けたものの、旅は一期一会と思い直す。それに今の自分には、やり直している時間も無い。
舟川分岐に到達。満観峰の稜線だ。右折してさらに登っていく。
途中、草地帯に出てやや空間が開けた。ところが足元が伸びた草で見えない。道標は多いのに道の整備が行き届かないのが静岡県、などということを思い出す。山斜面なので慎重に足元を確認しながら進み、林に戻って路面も回復。
さらに登っていく。――余裕ぶっておきながら足が疲弊してきた。息も結構上がっている。
前方が白く霞がかっている。どうやら雲の中に突入したようだ。この高さだと乱層雲――雨雲だろう。
幽玄な雰囲気の中、林を掻き分けるように進んでいくと――突如、前方に何もなくなった。広い草原だ。ベンチも見える、ということはここは満観峰山頂部なのだろう。こんなに広いとは思っていなかった。
山頂は……中央の木々の根元にあった。祠とともに。PM2:43。
あずま屋で地図を広げる。富士山はあちらの方角か。もちろん、そちらは真っ白。雨が降っていないだけでも有難い。
さすが人気の山、こんな天候でもハイカーが3人ほど。ガスで山頂部も一部しか見えていないので、もう少しいるかも知れない。それにしてもせっかくの絶景展望地、何も見えなくて御愁傷様だ。
地図によるとこの先、まだ山道が暫く続くようなので休憩も短時間で切り上げ。縦走路に突入。
花沢山までの縦走路。いったい、どんな道なのだろう?と思ったら、緩やかなアップダウンを繰り返す縦走路らしい山道だった。ところどころ草地となって上空が開ける場所もあり、天候が良ければ静岡平野や志太平野、駿河湾が綺麗に見えたりするのだろうか? なんて思いながら歩いていく。
三角点を過ぎて道が大きく下り始めた。
トレイルランナーが2人ほど後ろからきて、追い抜いて行った。町が近いということだ。静岡市は政令指定都市。
下り過ぎでは? と思った頃に鞍掛峠分岐に到達。通過し、登りへと変わると「家康ベンチ」なるものが現れた。静岡側の展望が良く、富士山も見える……のだろう、晴れていれば。
もう少し登ると道はフラットになった。快適に歩いていく。それにしても人里近いのに植林一辺倒ではなく自然林交えて植生が様々に変わる。わりと変化のある道。
どんどん下って、到達したのが日本坂峠。日本坂の最高地点だ。もっとも、日本坂トンネルはもっと南を通っている。
さて、随分と下ってしまった。花沢山までの高低差が相当積み上がっている筈。疲れた足に鞭打って登り始めるものの急勾配な上に道が結構荒れていて速度が出ない。
――今朝、今日は楽なコースと思ったけれど、そんなことは無かった。足を騙し騙し登っていく。
またガスって来た。高度を取り戻したのだ。勾配もやや落ち着いた。……と、海側に展望。休憩がてら眺めているとガスが薄くなってきて焼津漁港と駿河湾が視認出来るように。静岡平野側もなんとか見えていた。これが今日一番の展望か。やっぱり、天候の良い時に登り直したいなあ。
その後の登りは大したことはなく、花沢山山頂に到着。登山道から少し奥まったところにベンチが並んでいた。
花沢山の標高は満観峰と21mしか変わらない449m。それでいて駿河湾に臨んでいる山。静岡平野と志太平野の海際からの通行を阻んできた「壁」のような存在だ……なんてことを地図を見て勝手に想像。なので海側に眺望があって欲しいところだったのだけど、どうやら無さそうだ。残念。
PM3:59、下山を開始する。途中、どうなることかと思ったけど結果的に日没までの時間的余裕が作れた。後は厚い雲のせいで既に薄暗くなった山道を慎重に下りていけばいい。なにしろ海抜0mまでの一気の下り、気を抜くことは出来ない。
針路は東。最初はフラットだったものの、すぐに急勾配で下り始めた。
あまり歩かれていない道なんじゃないかと心配したけれど、とりあえずは迷わない程度の道幅はある。ただし、倒木は多い。何度か避けたり潜ったりしながら進んでいく。もちろん、周囲は濃い森で見晴らしは一切ない。
どんどん下っていく。靴底の擦り減ったトレイルランニングシューズで来たのでスリップしないように気を使いながら。靴、そろそろ買い替えないといかんな……。
針路は北東へと変わる。やがて道脇に沢が現れた。と、その先で林道にぶつかった。山道はここまでか。
林道に下り立つ。その先で展望が開けた。山の合間に静岡の町並が覗いている。手前には二本のレール。あれは……
と、トンネルから白い車体が飛び出し、あっという間に走り抜けていった。その次には逆方向から。新幹線だ、と、思ったらまた上り列車。この走行間隔の短さよ……。
林道を下っていく。もう平地は近い、と思ってもなかなか終わらない林道。ヘアピンカーブを2つほどクリアすると、ようやく下り勾配も落ち着いた。
そして、新幹線脇の道となった。先ほど上から見下ろした場所だ。それにしても高架の多い新幹線と網1つ隔てて歩いていくのも初めてかも知れない。もちろんこの時間、新幹線は引っ切り無しに通過していく。本当に、あっという間に通過していく。
新幹線とは離れ、住宅地へと入っていく。
――踏切。もちろん新幹線には踏切は無い、東海道線の踏切だ。渡って、県道416号に当たった。信号を待って横断歩道を渡り、道標を見て左折、さらにすぐに右折。前方に灰色の海が見えた。石部海岸だ。
海岸道に出る。駿河湾の大海原。消波ブロックが並び、海岸には砂浜が残っている。
浜辺に下りる。――潮騒。寄せては返し、返しては寄せる波の音。
西を見ると、花沢山の稜線が垂直に近い切れ込みで海に落ち込んでいた。先ほど、この山を越えてきたんだと思うと感慨深い。
暫く波打ち際を歩くことにする。砂利が少なく、濡れて硬くなったところだ。波に襲われかけると逃げて、の繰り返し。それも飽きると車道に上がって海岸道を歩いていく。
用宗海岸海水浴場で左折、あとは一直線。住宅地を突き抜けていく。
JR用宗駅に到着。PM5:02。
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静岡駅行き電車は……4分後? 結構ぎりぎりだった。改札を潜ってホームに上がる。
――コース終点が東海道線の駅というのは気が楽。やっぱりバイパスコースは本線に比べて取っ付きやすい。ただ、この用宗駅から先、興津駅までコースは途切れている。連絡路も無い。その間をどう歩くか。まだ何も考えていない。
時刻通り、上り電車がやってきた。
夕方近くの筈だけど、車窓の向こうはどんよりとした灰色の雲。東海自然歩道の再起動は随分と地味なものになった。
――昔の本線歩き時と比べて違うのは緊張感かも知れない。山の中に放り出され、自力で脱出しなきゃという気の張りがもう、あまり無い。スマホのGPSとアプリで自分の位置や進むべき方向がたちどころに分かってしまう時代、からかも知れない。
電車は静岡駅ホームへと滑り込む――