2006年5月初旬、AM6:26。山陽電鉄・須磨浦公園駅の前に立つ。
公園駅だけあって、雰囲気がいい。さらに目の前は海。沖に張り出した海釣り公園には、こんな早朝から大勢の釣り人が繰り出している。――さすがだ。こちらは眠くて仕方がないとゆーのに。
さて、自身初の六甲全山縦走チャレンジ。準備は万端、でもないけれど、天気も良さそうなので、まあ何とかなるっしょ。
海岸に下り、塩水に手を付けて海抜 0mから……なんて儀式は省略。
駅前ロータリーの西面から、車道がなだらかなスロープを描いて上っていくのが見える。ということで、その縦走路へいざ突撃。
すぐに山陽電鉄の線路を跨ぐ。向こうに見える駅の形が面白い。
……この須磨浦公園は桜の名所と聞く。4月上旬には、あのロープウェイは人で満載になるのだろうなあ。
車道とはすぐ分かれ、階段上りとなる。公園を下から上まで貫いている階段。ひたすら上る。
――なにしろ標高差240mの急斜面だ。一気に上ってしまっては後で疲れが来る。とは言え、今日は時間との闘いでもあるので、比較的早いリズムを意識。
周りに見掛けるのは、この公園のこの時間の本来の住人……ペット連れや散歩のおじさん。2、3人。なにしろ、また朝の7時前。
だんだん、上りのリズムが崩れてきた。初っ端から、なかなかハードな区間なこと。周囲は木立で、見晴らしはほとんど無い。
ところが、上がるにつれて眺望が開けて来た。眼下に海や街が目に飛び込んでくるようになる。海釣り公園がオモチャのよう。
展望台に飛び出した。――目の前に大海原と街の大展望が広がった。特に神戸の街がリアルですごい。リアルって、そりゃ当たり前なんだけど……。
臨海登山を実感。さらに上って行く。
AM6:41、鉢伏山に到着。とは言っても本来の山頂は少し先の緑地の中にありそうだけど、わざわざ立ち寄ることも無いだろう。
ここにはリフト駅があって、さらに奥まった須磨山上遊園まで足は伸ばせるようになっている。もちろんこの時間、リフトは動いてはいない。そもそも、ひと気が無い。
アスファルトの平らな地面を後に、再び緑の木立の山道に入る。勾配のほとんどない稜線道を一直線に突き進む。……やっとなんか、山の縦走路を歩いている感じがしてきた。やっぱり、土の地面じゃないと。
AM6:48、旗振山に着いた。塩屋から登って来る道との合流点だ。
茶屋がある。ベンチがある。電波塔がある。展望もすこぶる良い。休憩を取るには絶好の場所。
そしてなにより、朝陽が当たるようになってきた。今日は五月晴れの予報だったけれど、ここまで雲が多かったのでちょっと心配していた。この分だと予報通り晴れてくれそう。
西方、明石海峡大橋が大きい。正面には鉢伏山へと伸びる緩やかな緑の尾根、東方には神戸~大阪の湾岸ベルト。
――条件が良ければ、淡路島・四国も見えるに違いない。でも春の霞の中では難しいかも知れない。
ここで一句、思い出す。「かたつむり 角振り分けよ 須磨明石」
道は再び緑の稜線へ……。
AM6:57、鉄拐山の山頂に到着。展望は無し。
ここで何も考えずに右に下りていってしまう。で、鞍部に出たところでたまたま会ったお散歩おじさんに「縦走路はあっちだよ」と言われて慌てて引き返す。5分のロス……息も上がってしまった。
今度こそ、と山頂から左の道へ下り、ペースも上げ気味に突き進む。
木立が開けて道が平らになり、周囲は一転して空中公園風の雰囲気。広く、開けたプロムナード。
――ここが、須磨寺公園。右手には海に臨んだ街並みが広がり、左手には丘を交えながら遠方まで町並みが広がっている。
神戸という都市が海際の平地には収まり切らず、六甲連山の隙間から押し出されて北方へ広がっている様が良く分かる。
AM7:08、おらが茶屋を通過。
――突然、階段が現われた。嫌だけど、これを下らなきゃいけない。
眼下は高倉の街並み、というかビルの立ち並ぶ都市。これが山の縦走路だというのだから、六甲縦走路の異質性は際立っている。
正面に見えている山は栂尾山と横尾山だ。300m前後という標高に比べて、随分と大きく見える。――比べるものが手前にあるからだ。十数階建てのビルは日常生活上、とても大きいものだと意識している。それに上るとしても、エレベーターで昇るもの。
山にエレベーターは無い。そして、山はそれらのビルよりも遙かにでかい。
階段で50mほど高度を落とし、高倉台に下り立った。それでも高度130mほどの高台なので、普通の山の縦走路と思っても差し支えないかも知れない。そこに建物が密集していることを気にしなければ。
階段の無い歩道橋2つを通過する。さらに、大丸ピーコックを通過。店はまだ開いていないけれど、なぜかその前には人がたむろっていた。
――確かに、朝の散歩には気持ち良い気候。前だけ向いて、足早に歩き過ぎていくのは勿体無い。
勿体無いけれど……足早。仕方ない。道は、やや上り気味に続いてゆく。
AM7:17、県道65号を歩道橋で通過。
向こう岸に渡ったら山の斜面を回り込んで、その後は一直線の上り階段だ。ここから妙法寺までのコースは一度、歩いたことがある。その時は夕暮れから歩き始めたのにヘッドランプ忘れていて、満月の月明かりで須磨アルプス通過したなんてゆう経験であった。
でも――人工照明に囲われた街中で暮らしていると忘れてしまうのだけど――満月は明るい。煌々と照らす満月下での散歩は電灯要らず、人間の暗視力がモノの"影"のカタチを見せてくれる。樹林帯が多いと厳しいけど……。
天国まで続こうかという、空へ向かって一直線の階段が始まった。
高度差100mは以上だろうか。家々や車がどんどん小さくなっていく。背後に何も無いので高度感が凄い。上っていると、ふと斜面から剥がれて落下してしまいそうな錯覚を覚える。……もちろん、一気に上るようなことはしない。2、3度、階段に腰をかけ下に広がる人の世界を眺めやる。
AM7:27、栂尾山の山頂に到着。四方ほとんどを樹林に囲まれているけれど、ここには案内板と展望台がある。最初の大休止をとるには良い場所。
歩き始めて1時間。ここまで快調なペースで来れている。「天国の階段」も、2度目ということで体力をセーブして上り切れた。
――順調でもあることだし、展望台に上っていこう。
西に展望があって、大きく見晴らせる。今さっき歩いてきた鉢伏山~旗振山~鉄拐山、高倉の街並み、そして明石海峡大橋に淡路島の島影。……素晴らしい。ほんとに、よく晴れてくれた。
満足して、山頂を後にする。
樹林の尾根歩き。歩きやすいけれど、展望がほとんど得られない稜線道が続いていく。
AM7:37、横尾山に到着。
東を見ると、東山から横尾の町に落ち込んだ後、高取山がせり上がるのが見える。
そして、この地味な山頂を持つ山は、じつは東面から見た時にその本性を曝け出すことを知っているので、ちょっとワクワクしている。
山稜線を東に下り出す。黄色い岩の狭間の道となり、手すり代わりのクサリが現れる。確かに濡れていたりするとスリッピーな道。
どんどん下りていくと前方の視界が開ける。さらに急斜面に張り付いた階段も登場。
鞍部を過ぎ、眼前は岩ばかりの光景に。その岩を縫うように道がムリやり穿たれている。登るには両手も駆使せざるを得ない。
岩稜帯が少しでもあれば「アルプス」と名付ける日本人の臆面の無さは置いておいても。左右に広がる「街並み」を眺めながら歩くに、この場所だけ異次元に飛んじゃっている感は十分。そんな、須磨アルプス。
――日本アルプスだって所詮、パチモンじゃん。黄色い岩稜にムラサキのツツジが映える。
大事に、大事に通過……それでも、あっと言う間。道の整備が良いので、見た目より危険なところは少ない。雨で地面が濡れているとか、そもそも岩が不慣れとかでない限り一般ハイカーでも問題ないだろう。
岩稜帯が終わって樹林帯に戻った。まだまだ岩の露出が多いけれど、ひとまず緊張感は抜ける。
しばらく進んだ後、振り返って横尾山を見返す。――カッコいい山だ。岩肌の登山道にポツン、ポツンとハイカーの姿が確認出来る。朝8時近くになって、ハイカーの姿も増えてきたよう。
一方、視点を妙法寺駅方面にずらすと、近未来的な新興集合住宅の光景が。
――それは、なかなかの対比。神戸は、六甲を越えた裏側にベッドタウンを抱えているという、分かりやすい街であることが分かる。
東山に到達。ここからは高取山が大きく見えたけれど、道は稜線を伝わずに左に下り、山の斜面を大きくジグザグに下り始めた。
以前、歩いた時は稜線方向にコースはあったハズだけど。道が付け替わったのかなあ、と思いながら下りていく。そういえば以前に歩いた時には確かに「工事中」看板があったような。
AM8:01、横尾団地に到着。と、ランナースタイルのお兄さんが後ろからやってきて追い越して行った。むぅ、本当にいるんですな。縦走ランナーが。
もう、周囲はどう見ても普通の住宅地だ。一山上るたびに、いちいちリセットされる感覚。慣れない。
車道を北進し、より大きな道に突き当たったところで右折した。
車道は、大きなカーブを描きながら妙法寺駅へ向かう。と、途中、右手に細い道を見つける――案内標示さえ見逃さなければ、そんなに迷うようなことは無い。