


JR大糸線・南小谷行き普通列車は松本盆地をゆっくりと北上。ただ残念ながら、安曇野の田園地帯の向こう、穂高の山々は今日は雲の中。
やがて列車は松本盆地を離れ、木崎湖の縁を走り始めた。と、ほどなく簗場駅に到着。AM10:25。
――下車して駅から出ると、もうそこは故里の風景だった。日差しは強いものの、空気が爽やかだ。さもありなん、既に高度は800mほどに達している。
駅前の自販機でペットボトルを3本購入。うち、一本はプラティパスに移し変える。トイレを済ませ、よいこらしょ、とザックを背負って出発。AM10:39。



さあ、今日は1年ぶりの泊まり山行。最近は山自体にほとんど行けていないので、体力が持つかが心配だ。テントの入ったザックは13kgほどあって、やっぱり重い。
中綱湖を渡り、中綱神社を横目に集落の中を進んでゆく。ミンミンゼミとアブラゼミの協演を久しぶりに耳にする。
スキーゲレンデの下に出た。進む方角に迷う。――駅前のトレッキングコース案内図では、右手に「十国寺コース」が示されていたな、と思い出しつつ左手に進む。
安全策。車道に当たって、あとは単調な上り坂。



――暑いので坂がキツい。早くもLEKIのストックに頼り出す。空は曇ってしまった。上り勾配の車道を我慢してひたすら上る。
ようやく勾配が緩み、前方に建物が見えた。鹿島槍黒沢高原だ。ああ、ここまで1時間近くかかってしまった!
このあたりはかなり平坦で、それに広い。自販機などもある。ちょっとしたリゾート地――にしては人の姿がほとんど無いのだけどなあ。


高原を突っ切ると道は下り坂になって、再び視界が閉ざされる。時間が勿体無いのでオニギリをパクつきながら歩く。まわりは樹木ばかり。


下り切って、鹿島川を渡る。その先が三叉路――大谷原の入口だ。右折、そちらに進む。



道は平坦で歩きやすい。周囲は広葉樹林で、日が差し込むと素晴らしい雰囲気になる。天気予報はあまり芳しくなかったけれど、夏休みは今しか無いのだから仕方が無い。
――すこし上り坂が出てきた。と、思ったら大谷原登山口に到着だ。PM0:23。
駐車場には車が5台ほど駐まっている。あと3~4台は駐まれそうだ。ベンチと登山案内図、それい黄色い登山ポストがある。
ここで小休憩。残りの昼飯を食べる。……これから北アルプスに登る実感が、何故かあまり湧かない。


PM0:40、出発。まずは大冷沢を橋で渡る。
これから、高度1,100mほどの現地点から5時間ほどかけて2,400mまで上げる予定だ。時間帯は遅いけど、駅から律儀に歩く決断をしたのだからしょうがない。


車止めゲートを抜けて、森の中の林道を進む。左には再び大冷沢が見えてくる。


最初は多く見られた花も少なくなって、ただ、ただ上り坂を上っていくだけになる。すぐ傍に沢の流れがあるものの、8月半ばの昼下がりという時間帯、気温は高い。
湿度も気になる。こまめに小休憩を入れながら、しっかりと足を地に付けながら歩く。登山道に入る前から疲れるわけにはいかない――。


西俣出合に出た。渡渉出来るのだろうか? 案内板があって、0.2km先の地下道を潜れ、とある。



そうすることにする。確かに地下道はそこにあった。潜ると、トンネルの途中に堰を流れ落ちる奔流の覗き窓がある。なかなか、珍しい体験。
対岸に出たところが登山口。赤岩尾根の取り付き口。時刻は――PM1:42。駅から歩き始めて、実に3時間が経過していた。予定より大分遅い。
気合を入れ直して登り始める。待望の山道。



何度か下山してくるハイカーとすれ違う。「これから登るの、すごいねえ」なんて言われると、逆にプレッシャーがかかるのだけど……。

等高線の密度から予想されたように急登が続く。道の状態は決して悪くは無いものの――クサリやハシゴが序盤から大いに活躍。
――自分の足も思ったように上がらない。やっぱり、だいぶナマっているらしい。


登山道は一方的な登り勾配、緩む箇所もほとんど無い。結構、木々の間から後方や側方の展望が得られるものの、あまりパッとしない景色。
……そもそも、雲の垂れ込めるラインが頭上近い。もうすぐ突入することになるだろう。


第一ベンチというところを過ぎても登りは続く。――早くも疲れた。ペースが落ちてくる。



そして雲の中へ。雨が落ちてくるかどうか心配だったけど、なんとか大丈夫そう。
それに、ガスがかかると景色が何となくファンタジックになる。登り一辺倒で気が張っていたので、気分転換には良いもの。
と、岩の小広場の上に出た。道標があって、「高千穂平」とある。周りは真っ白なガス。PM3:57。


ここで少し休もうかと思ったけれど、時間を逆算するとテント場に明るいうちに着くためには休んでいられない。ということで通り過ぎる。


ガスの中の歩き……夕方が近づき、高度も上がって気温は下がってきたけれど、湿度は高い。
ただし、勾配はいくらか緩んでいる。木々も疎らになってきて、だんだんと高山っぽさが出てきた。

と、右手のガスが吹き流れて、唐突に展望が開けた。雪渓の目立つ山肌の斜面――大きい。山頂は見えないけれど、これが鹿島槍ヶ岳だ。
十秒ほどで再びガスがあたりに立ち込めた。
――山の天候は、時々、このようなプレゼントをしてくれる。そして、目的地が見えたか見えないかでモチベーションには雲泥の差。


まさしく赤岩尾根だ。赤い岩の岩場やザレ場が頻出する。赤い石は確か、深海プランクトンの体積物じゃなかったっけな? 海の中から隆起した北アルプス。


――それにしてもガスが濃くて、北アルプスを歩いているという実感が湧かない。痩せ尾根やガレ場の通過にも、どうにも緊張感が沸かない。
赤い岩の道を、一歩一歩、踏み上げていく。



それにしても、これほど辛い登りになるとは予想していなかった。スタミナが、絶対的に不足。
……やっぱり、より一般的な扇沢バス停から種池山荘経由の道の方が楽であったかなあ、と弱気になってくる。
でも、あっちのバスは、立山へ向かう観光客たちで溢れている。今日も、扇沢へのバス出発駅である信濃大町駅まで列車内は混雑していた。
人ごみの中、でかいザックを背負ってウロウロするのも、なかなか勇気がいるんだよなあ……



尾根道が終わった。ガスに滲む稜線を見上げながら、右へ回り込んでいくような道となる。と、この斜面には高山植物が花盛り。
後立山稜線まで、あと少しということだ。でも、高度2,400mという稜線でも、雲の上には出てくれないらしい。ややガッカリだ。
と、黄色い道標が前方に立っているが見えた――


PM5:34、冷乗越に到着。ガスの漂う空間に、砂とハイマツの地面。思い出す。確かに北アルプスの稜線にいる。


山小屋は北――やや下っていく道を歩き出す。ライチョウでもいなものかとキョロキョロ見回しながら歩いていると――
ガスの中、黒い影が多数動いているのに気付いた。時折、叫び声。サルだ。まさしく、稜線を闊歩している。
――気になったのは、ライチョウの棲息。



1年前に登った南ア仙丈ヶ岳の高山植物帯では、ネットが張られているのを目にした。そちらは鹿害だけれど、昨今、平地の生き物がどんどん山に登っていくような気がする。
周囲は一時的な樹林帯へと成り代わっている。そして、下り切った後に道は再び上りへと転じる。
登って行くと目の前に小屋が現れた。冷池山荘だ。PM5:47。

冷池山荘手前のテラス。東方への見晴らしが良い……って、雲海が下がって眺望が開けているじゃないか! ついさっきまで、確かに雲の中にいたのに!
山の上に来たことをようやく実感。やっぱり、高山登山はこうでなくっちゃ。

そして前方には、鹿島槍ヶ岳の双つの峰が仲良く姿を現そうとしていた。本当にジャストタイミングだ。
明日はあそこまで登るのか。ずいぶん、近く感じるけれどそれは錯覚である事も知っている。
ずっと眺めていたかったけれど、その明日のために今日の寝場所を確保しなくてはならない。冷池山荘でテント代¥500を払う。リッター150円の水×2も。


テント場は0.2kmほど上方にある。そちらに向かって上りだす。振り向くと、雲がチリジリに流れて今まさに北アルプスの大展望が現れようとしていた。

尾根の上の開けた広場に出た。すでに10張り近いテントが設営されており、平らな場所は確保出来そうも無い。そりゃ、こんな遅い到着なのだから仕方が無い。
でも、テントを張る事など後回しにして、開けた北アの大展望に眺め入る――。

立山稜線、その剣岳に夕日が落ちようとしていた。時を忘れる瞬間が続く。


――日が沈んだ後、ようやくテントを張り始める。明日の天気は正直、良くないらしい。最悪、鹿島槍にも届かないかも知れない。
それでも、今日のこの夕暮れを見れただけでも、苦労して登って良かったと思うことだろう。